mother toolの母体である中村さんの工場は、人の手でしかつくることのできない部品を扱う、特殊な自動車工場です。一つひとつていねいにつくる現場から感じるのは、機械化が進んでも、人の経験や技術が欠かせない場は確かにあって、私たちの暮らしを支えているということ。そして、工業の世界でも、人の力が活きる場には“ものづくり"という言葉が、とてもよく似合うということでした。
工場の仕事の傍ら、将来が楽しくなるようなものづくりを始めたい、と考えていた中村さん。現在はmother toolのディレクターでもある、デザイナーの村澤一晃さんに相談したところ、ひとつのアイディアが生まれたのだそうです。「部品工場の多くは、何かに特化している分、新しい発想が生まれにくいところがあるんです。いろんな工場の、組み合わせたことのない技術を合わせたら、違うものが生まれるかもしれない―」。中村さんは、こう思ったそうです。「何かが生まれるための、最初のもととなる“マザー・ツール"になれたらいいな」と。
ものづくりが動き出したのは、失われつつあるひとつの技術との出会いがきっかけでした。昔、戦闘機向けのアルミの部品加工工場が数多くあった足利市は、やがてその技術を活かし、アルミ製のやかんや鍋をつくる産地となりました。感覚を頼りにヘラで金属の形状を変える「ヘラ絞り」という技術です。機械化などの影響で、職人さんの数は減ってしまいましたが、運よくひとりのヘラ絞り職人さんにめぐり会えました。わずかな手の動きからアルミが滑らかに形を変えていく様は、まるで魔法のようで、中村さんは強く心を動かされたそうです。後にmother toolでシリーズ化されることとなる、木とアルミを組み合わせるインスピレーションを得たのは、この技術を目にした時だったそう。「その場でみんなが、これだ!と感じたんですよ」と笑顔の中村さん。徳島にある、無垢の材で幅広いものづくりをおこなう工房と、このヘラ絞り職人さんを結び、第一号の小さなゴミ箱が誕生しました。mother toolの暮らしの道具たちは、日本各地の、小さいけれどとびきりの技術をもつ工場で、ていねいにつくられています。職人さんの心でしょうか。その姿は、どこか、さらりと誇りを纏っているようにも見えるのです。
中村さんは「ものの裏側」を知ってほしいと、様々な伝えるための活動をしています。企画に携ったジョウモウ大学の講座は、木の世界をよく知る村澤さんを先生に迎え、身近な素材である木についてもっと知ってもらおうというもの。木に直接触れて樹種を当てる「利き樹」の時間、生徒さんの表情は楽しみつつも真剣。特徴を感じ取ろうと、熱心に木と向き合っていました。2年前、足利にお店を構えた中村さん。ここは、mother toolの道具たちがどんな風に生まれるのか、伝える場所です。つくっている人、つかわれている技術、素材の特徴や環境のこと。「ものの背景がわかると、愛着って増しますよね。それが、ものを長く、大切につかう気持ちに繋がっていってくれたらいいなあと思っているんです」。見えないからこそ知ってほしい、道具たちの物語。中村さんは、伝えていきます。(m.o)
mother tool >http://www.mothertool.com/
ジョウモウ大学>http://jomo-univ.net/
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