わたしが焼き締めの器の魅力に気づいたのは、焼き物が好きになって相当時間が経ってからのことだったように思います。自分の中で「渋い」の一言で終わらせていた焼き締め。よく眺めてみると、器の肌は土の色そのままに赤茶だったり、薪窯の中で降ってきた灰を被った部分が灰褐色や深緑の色をみせていたり、見る角度によってさまざま。そしてなにより、炎がゆらゆらと土をなめた跡がはっきり見て取れる不思議さと、その美しさに心をつかまれました。
自ら掘ってきた益子の原土だけを使い、薪窯で無施釉で焼成する竹下鹿丸さん。竹下さんの器を見たとき、それまで手にしてきた焼き締めとはなにか違う気がしました。強いのに、私の中の焼き締めのイメージを変えてしまうような軽やかさと洒脱さがあり魅了されたのです。
益子で生まれ育ち、高校を卒業後、美大に進もうか迷ったすえ益子の窯業指導所で一年間ろくろを学んだ竹下さん。お父様の孝哉さんも陶芸家ですが、もともとはなんと探検家。南米を探検し「奥アマゾン探検記」など著書もあるそうです。
「鹿丸という名前も父がつけました。たぶん古風な名前をつけたかったんだろうと思います。小さいころから父の仕事を見て、焼き物をやりたいとは思っていました。でも今思うと、焼き物そのものというより両親とそのまわりの人たち同業者のライフスタイルが好きだったんだと思います。小学校のクラスメイトの家に遊びに行くと、雰囲気がまるでちがう。なんだか自分の家のほうが自由でいいなと」
指導所を出たあと独立。はじめは小さなガス窯で粉引など釉薬を使ったものを作っていましたが、焼き締めをやりたいと思い、お父様の使っていた登り窯を窖窯(あながま※1)に作り直しました。
「益子の登り窯って大口(※2)に品物が入らないんです。薪だけを入れて蓄熱させて、一部屋ずつを焚きあげていく。益子は工業製品をとる窯だったので、灰を被ると売り物にならなくなったことからそういう風にしているんですね」
焼き物は、電気窯であろうとガス窯であろうと、それぞれに相当な手間がかかりますが その中でとりわけ時間と手間を必要とする薪窯を選んだのはなぜなのでしょう。
「薪窯で焚く良さがダイレクトに出るのが焼き締めだと思います。薪窯が大変という認識は、なかったですね。手間はかかるけれど、それより窯焚きの楽しさのほうが大きい。何て言ったらいいか、火遊びですよね。あんなに物が燃えてることって普通はない(笑)。あとは出てくる作品。電気やガスの窯は自分の想像を超えたものは出てきにくい。いい方向に想像を超えたものは、薪窯が一番出やすいと思っているんです」
益子の土は耐火度(※3)が低く、温度を上げすぎると窯の中で作品がへたってしまうこともあるそう。5日から7日もの間、温度を上げすぎないよう気を付けながら長く焚くそうです。ボタンひとつで温度管理ができるわけではない薪窯。誰かが必ずそばについて、薪を投げ入れ続けなくてはなりません。
「こんなに長く焚くことはあまり一般的ではないのかもしれませんが、作品に変化をつけたいので長くなりますね。一人では無理。オヤジと二人で交代です」
竹下さんが時間をかけるのは窯焚きだけではありません。自分で掘ってきた土を作ることも手掛けています。
「基本的に粘土は水簸(すいひ)した状態で売られています。原土を水に沈めて石とか砂とか余計なものをとってしまうんですね。でもそれだと、焼き物がつるっとしてしまう。僕がやっているのは はたき土といって、掘ってきていったん乾燥させた土を砕いて荒い石だけ手で取り除く方法。それをそのまま練っています」
それを聞いてから改めて作品を触ると、手に当たるぶつぶつがそれなのだと知れます。「結構細かく土を砕いてはいるのですが、どれくらいの石を取り除くかですよね。ふるいにかければだいぶ多くの土が取れますが、それはしないで手で触りながら取り除いて自分の望むような荒っぽさを出しています」
でもそれでは、ろくろがとても挽きにくいのではないでしょうか。
「ろくろも挽きにくいですし、穴があいたりふちが破れたり真円にならなかったり。片側に大きい石が入っているとまるくならないんです」
そこまで荒々しい土を使いながら、竹下さんの焼き締めは軽やかさと洒脱さを合わせもっています。
「あまり、作品で自己主張するのが好きではない性分。しようと思ってもどうしていいかわからないし、なるべく何気ない感じにしたいと思っています。作る形が決まっちゃうとけっこうがーっと挽くけれど、先に決めることはあまりしない。土によって無理な形とかもあるので、土に適した形を探りながら決めていきます。土に無理をさせないように」
そして、料理人に器を使ってもらえればという竹下さん。「作るとき、基本的にはお酒と料理がベースになっています。その都度自分のなかの細かいこだわりとか流行りはあるんですけど。基本的にはお酒と料理がおいしくなる器であれば」
物静かで飄々とした雰囲気を漂わせている竹下さんですが、2015年9月に茨城県常総市で起きた鬼怒川決壊による水害の際には、周囲が驚くようなフットワークで救援物資を次々に現地に届けました。その原動力は、自らが被った自然災害と、その後の多くの人たちからの助けだといいます。
「東日本大震災では、窯が全壊しました。修復には一年かかりましたね。そのときは、友人が手を貸してくれたりSNSで応援してくれる友人ができたりしました」
その窯がようやく直った2012年の5月。益子の春の陶器市の最終日、今度は北関東を襲った竜巻でご実家が全壊してしまいます。
「陶器市会場で、実家の方に大風がふいたらしいよと電話で聞きました。大げさなのかな?と思って自宅経由で実家に帰ろうとしたら大きな樫の木が倒れて道をふさいでいたり、電柱が倒れて切れた電線がバチバチいっていたり…。実家は、まったく帰れない状態になっていました。その状態を写真にとってツイッタ―に投稿したんです。そうしたら翌日すごくたくさんの人が来てくれて」
そこからさらに一年間、全壊した家の骨組みを残しながら再建する日々が続きます。多くの友人、そしてボランティアの人たちの助けなしにはできあがらなかったといいます。「震災ボランティアで東北に行って、その帰りに竜巻被害を助けに来てくれた人もいました。あまりの混乱に連絡先をしっかり聞けなかった人も大勢いた」
してもらったことをそのままにはできない、という思いとご自分が被災したときの経験を生かして、常総の水害にはまずタオルを届けないとと強く思ったそう。
「家の中に流れ込んだ泥、泥といっても汚物と混じったもので、大量の使い捨てのタオルが必要と思いました。友人の友達が板室温泉の旅館組合の方に声をかけてタオルを集めてくれたので、それを取りに行って現地に届けました」
タオルを取りに板室に行くので片道2時間。常総まで当時は迂回しなくてはならず、やはり片道2時間でした。「行って実情を見てしまうとどうしてもやらないとと思う。結局タオルは合計4トンくらい運びました。うちのよりいいから交換したいと思うようなタオルもありましたよ(笑)」。そして、大きな窓口ではなく、情報がなく物資がいきわたっていなさそうなところを探しながらの配布。「年配の方で、スマホもなくて情報が来ない人たちには物資が届かないんですよね」。何でもない事のように控えめに語る竹下さんですが、時間も体力も費やすその活動が過酷だったことは想像に難くありません。
野暮とは知りながら、その体験がなにか作品に影響を与えていますか?とお聞きしたところ「自分ではなにも感じない。もちろん、なにもないわけではないと思うけど…」という答えが返ってきました。どう声をあげていいかわからない人のところに届けるのは、聞こえない声に耳をすますような作業だったことでしょう。
そして竹下さんの焼き物の魅力は、土がどんな形になりたいか、土の声に耳をすました先に生まれたものなのだと思えたのです。
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Vineria 古木 和宏さん
JR宇都宮駅近くに2013年にオープンしたVineria。気軽に立ち寄って美味しいイタリア郷土料理とワイン、そしてチーズが味わえるお店です。オーナーシェフの古木和宏さんは竹下さんと保育園からの幼馴染。今回は特別に、竹下さんの器にVineraの料理を盛り付けていただくため焼き締めの器とともにお店に伺いました。
ビルの一階にあるお店の扉を開けると、居心地よさそうなカウンターにテーブル席。壁には種類豊富なワインと、一つひとつじっくり吟味したくなる料理のメニューが掲げられていて思わず心が浮き立ちます。
大学を卒業して料理の修業をはじめた古木さん。チェーン店などで働く間に、進んでいきたい方向を定めていきました。「料理そのものももちろんですが、店の雰囲気やアルコールの種類・質など、居心地の良い場所をトータルで提供したいと思いました」
そのための努力を怠らず、修業のかたわら東京のアカデミー・デュ・ヴァンに通いワインについての知識を深めます。ソムリエを三年以上経験した人だけが受験できるJSA認定シニアソムリエの資格を取得。さらに、CPA認定チーズプロフェッショナルという資格も手にします。これは、世界に数あるチーズの名称は言うまでもなく、製造される場所や熟成・栄養・サーブの仕方についての知識、果てはブラインドティスティングまで試験科目にある難易度の高いもの。ワインとチーズのプロフェッショナルがお料理を作っている、それがVineriaなのです。
「イタリアンが好きで、イタリアンにこだわっています。お酒と料理の相性を考えながら店には常にワインは50種類ほど、チーズも6〜10種類をメニューに用意しています」
普段は白い食器で提供されるお料理とセレクトしていただいたチーズを、竹下さんの器に盛り付けていただきました。
「ちょっと緊張しますね。鹿ちゃん(竹下さん)の器は個性的で、一瞬どう盛ろうかと考える。使う方も特別な気持ちになるんじゃないでしょうか」
幼馴染同志の古木さんと竹下さんですが、在学中はあまり交流はなかったそうです。「鹿ちゃんは保育園のとき、はだしでおかっぱ頭だったのが印象に残っているくらい(笑)。でも、店をオープンしてから来てくれるようになって。彼の器を初めて見たときは単純にとても驚きました。こんな凄い物を作れるんだって」
焼き締めの長手皿の上には、トノーやミモレット、ブルー・デ・コースなどのチーズが美しく盛られています。「どちらかというと和のイメージで器を作っているんですが、イタリアンもいいな」と竹下さん。日本酒通として知られおいしいものを愛する竹下さんと食のプロの古木さんの、チーズやワインについての会話は尽きません。
Vineriaでは他店ではあまり目にしないイタリアンのメニューも楽しめます。その一つが南イタリアの郷土料理「ガットー」。一見シンプルなジャガイモのおやきをカットすると、中からとろりとあつあつのモッツアレラチーズが流れ出し、そのほかにもベーコンやゆで卵がぎっしり。竹下さんの焼き締めの角皿の四隅に現れた流れる緋色とあいまって、目にも舌にもおいしい一皿。
鴨のローストゴルゴンゾーラソース。彩りよく配された焼き野菜とソース、鴨の肉の色が焼き締めの器によっていっそう引き立ちます。
「どちらかというと、きれいに盛るというより味の組み合わせ、どう盛り付けると食べやすいかということを考えるようにしています」と古木さん。
同じ年に益子に生まれたお二人。それぞれの道に妥協せず、とことんこだわるところが共通していました。(しばたあきこ)
※1 穴窯(あながま)…古窯(こよう)の一形式。斜面に縦に溝を掘り、これに天井をかぶせただけの簡単な登窯(のぼりがま)。普通、穴窯は2メートルから10メートルほどの長さであるが、なかには備前焼の鉄砲窯のように50メートルを超える長大な穴窯もある。構造は簡単で、1本の溝にすぎず、燃料をくべる燃焼室と、製品を置く焼成室からなり、後部に煙突がつく。(ニッポニカより抜粋)
※2 大口…登り窯の一番下の燃焼室。
※3 耐火度…耐火の程度。火熱により軟化変形するときの温度で表し、ふつうゼーゲル錐の番号で示す。(デジタル大辞泉より抜粋)
栃木県宇都宮市今泉1-1-4 古泉ビル1階|Tel.028-627-5730
営業時間|月〜金 17:00〜25:00
土曜・祝日 12:00〜25:00
定休日|日曜日
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