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[ましこのうつわ] 記事数:6

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第六話 榎田智さん 若葉さん

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 益子には2018年現在およそ250軒の窯元があります。それぞれ歴史と伝統を受け継ぐなかの一軒が「えのきだ窯」です。現在、五代目の榎田智さん若葉さんのお二人が本店を、四代目のご両親がお蕎麦やさんも併設する支店を経営されています。





 窯元の4人兄妹の末っ子として育った若葉さん。生活のなかに焼き物づくりがあるのはあたりまえの環境でしたが、自分がその窯元を継ぐと考えたことはなかったそうです。高校を卒業してからオーストラリアに一年間語学留学。帰国後もアルバイトをしながら、今度はイギリスに渡って専門学校に通い、そのあとはイスラエルでボランティア活動に関わりました。
 「色々な国で暮らすうち、特別なきっかけはないのですが、やはり自分には物づくりが合っているのではないかと思えてきたんです。世界を見て、やっぱり焼き物をやろうと思えた」という若葉さん。イスラエルから実家のお母様に国際電話で「帰ったら焼きものをやるから、窯業指導所(益子窯業技術支援センター)の願書申請の手続きをしておいてね」と伝えたのだそう。「帰国してからでは願書の提出が間に合わなくなってしまうから、国際電話をしたんです」と笑う若葉さん。家業を継ぐことを強制されたことはなかったものの、ご両親としてはえのきだ窯の存続に心を砕いていたことでしょう。末っ子の若葉さんが名乗りをあげてくれたことの嬉しさは想像に難くありません。





 智さんは、大阪生まれの大阪育ち。高校卒業後、ミュージシャンとしてプロの道を模索していました。「20代の後半まで、パンクバンドのボーカリストをしていました。中学生のとき深夜テレビでアメリカのパンクバンドをみて、それに衝撃を受けて」と話す智さん。
 バンド活動と同時に、自分が音楽でどれだけやれるのかと、時々ギターだけを持って単独で沖縄に行き、ストリートライブなどで武者修行していたといいます。二人が出会ったのはその沖縄。若葉さんは沖縄のゲストハウスで期間限定でアルバイトをしており、そこに訪れたのが智さんでした。それぞれ大阪と益子に帰ってからもメールなどで連絡を取り合い、出会いから一年が経ったころ智さんは初めて益子を訪れます。「益子に来て最初に思ったのが、沖縄と似ているなということでした。もう、そこ(と言ってえのきだ窯の外の森を指さす)が海だったらあとはそのまま沖縄という感じです。時間がゆっくり流れる感じが似ているのかな」
 それまで音楽一筋で、焼き物にも芸術鑑賞にも興味がなかった智さん。「焼き物の“や”の字も知りませんでした。でも、益子参考館(※)で濱田庄司の言葉を見たとき、びっくりしたんです。どういう言葉だったかというと…そのまま覚えてはいないのですが、とにかく「ええものはええねん」ということ(笑)。たとえ無名でも、いいものはいい。それは音楽をやっている中でずっと考えていたことと同じだったんです」





 平成21年に益子に移住し、若葉さんと結婚。求め続けていた音楽をやめることに、ためらいはなかったのですか?とお聞きすると、それはなかったという答えが返ってきました。「やめるときも、自分は音楽がめっちゃ好きやなと思いました。だから、売れるためにやらなくてはいけない仕事としての音楽は自分にはできないとスパッと思いきれたんだと思います」
 はじめは若葉さんのご両親が営業しているお蕎麦やさんを手伝っていた智さんですが、器に囲まれながら働くうちに作陶に心が向きます。若葉さんのお父さんから型物を教わり、徐々に慣れて、最終的にはお父さんの勧めで指導所に入り、ろくろをみっちりと学びました。

 窯元に生まれて日々土と向き合う環境のなかでそだってきた若葉さんと、やきものとは全く無縁だった智さん。若葉さんは智さんが作陶をゼロから学んでいく様子をそばで見てきました。「智さんは、吸収しようとする気持ちがすごい。焼き物をはじめてものすごくはまってしまう人って時々いるのですが、智さんがまさにそうでした。はたで見ていてもものすごい熱中ぶり。とても純粋な人、いい意味でプライドがないから知りたいことは人にどんどん聞く。周りの人も優しいからいろいろ教えてくれる。人とのつながりがどんどん広がっていくのが彼の得なところだなと思います」





 明治初期から続く窯元を、全く素地のないところから初めた智さんが継ぐことにプレッシャーはなかったのでしょうか。「益子焼という伝統にふれて、残していくべきもの、継いでいくべきものがあると思いました。重圧というのはあるのかもしれないけど、でもネガティブな気持ちではとても継げない。祖父である三代目は茶器セットで天皇から賞をもらった人で、益子で茶器といえばえのきだ窯だったそうです。四代目の父は飛び鉋の名手。それをプレッシャーに思うより、プラスにとらえてそこから学んでいきたいんです」。そういって見せてくれた智さんの急須。益子の伝統的な形をうけついだ、存在感のあるかたち。持ち手を下にして立たせることができるのが、益子の急須の特徴なのだそう。陶芸をはじめてまだ7年弱とは思えない上達ぶりです。





 一方の若葉さんは、智さんと結婚する頃はすでに作家として活動していた先輩。益子の伝統的な釉薬を使いながらも、日々の生活を楽しくしてくれそうな可愛らしく親しみのある器を作っています。智さんから見た若葉さんは「窯元の娘として見てきたもの、やってきたことの積み重ねが仕事にしみついている。作品はすごくポップやけど使いやすくて馴染みやすい。それを意識しないですごく自然に出せるところがすごいと思います」   
 「わたしは祖父や父には、作り(成形)は絶対追いつけないと思います」と若葉さん。「昔、作れば作るだけ売れた時代には一日に1,000個や2,000個は作っていた。そのぶん技術はすごかったと思うんです。たぶん、死ぬまで追いつけないと思う。それでも、自分も作家というより職人寄りでいられたらと思います。どんどん作って、それをザクザク使って欲しい」。また、「伝統 継ぐこと」そこに肩肘はらずに自然にとけこんでいるお二人を見ていると、娘にも娘婿にも跡を継ぐことを強制はせず、大きな世界を見るうちに自然な形で自らの道を選ばせたご両親の器の大きさにも思いが至ります。焼き物の世界の大変さと素晴らしさの両方をご存じだからこその導きではなかったかと思わせられるのです。




Novel 吉澤春樹さん 絵美さん 輪くん





 道祖土交差点ちかくに2017年4月にオープンした「café Novel」。吉澤春樹さん・絵美さんご夫妻が営むこの店は、オープンから半年足らずにも関わらず常にお客さんでにぎわっています。

 ご主人の春樹さんはオープンの3か月前までお姉さんと二人で笠間のカフェR hanaを経営していましたが、お姉さまが出産というタイミングで独立。新店舗の場所を生まれ育った益子に移し、ご夫婦でお店を持ちました。店名のNovelは、小説という意味。「本のタイトルみたいな店にしたくてこの名前を付けました。このカフェが物語の一部で、来てくれたお客様が主人公。日常と非日常の中間のような時間を過ごしてもらえたら」と絵美さん。店の扉には、まるで潜水艦ののぞき窓のような丸窓が付いており、入口に立つだけでわくわくしてきます。
 ランチ直前の時間、すべてのテーブルにすでにカトラリーがセットされていました。「他のお店と違うことをしたいと考えています。その一つがカトラリーをセットしてお客様をお迎えすることでした。ランチも、ワンプレートにしてしまえばひと手間省けるところを前菜とメインのコース仕立てにして、食事の時間を楽しんでもらっています。スコーンなど焼き菓子は毎日お店のオープン直前に焼きあがるように。それに沿えるコンフィチュールも手作りしています」と春樹さん。そのカトラリーには航空会社のロゴが。実際に、ファーストクラスの機内食でつかわれていたものを、時間をかけて少しずつ揃えたのだそう。ふだん使用している器は浅野秋児さん、ジョニーアートスタジオ、そしてえのきだ窯のもの。
 この日は、豚ひれ肉の低温ローストを榎田智さんの器に盛り付けていただきました。深い灰緑色の釉薬の色が、肉のきれいな桜色をひきたてます。
「豚のひれ肉を90分かけて低温でローストしています。そうすると肉のいいところだけが引き出されるんです」。スライスされた桜色のお肉を一口ほおばると、さっぱりとした部位なのにとろけるようなジューシーさ。お肉の奥から、深い美味しさがほとばしり出てきます。野菜やお米などの食材は益子産。絵美さんのご両親が作る無農薬野菜も、ご実家から届くそうです。
 デザートは、智さんのクリーム色のお皿に三種を。まるでお皿までがデザートの一部のよう。粉砂糖が降りかかったとびかんなの模様は雪景色のようです。「智さんの器は全体的に優しい雰囲気があると思います。大きいお皿でも手にフィットして持ちやすい」と絵美さん。春樹さんも「性別や年代問わず、親しみをもってつかえる器。柔軟性があって優しい雰囲気なのは、智さんの人柄と同じだと思います」。料理は春樹さん、デザートや焼き菓子は絵美さんの担当です。
 もともと飲食とは関係のないお仕事にかかわっていた絵美さんは、交際がはじまって、いつかふたりでお店を持つときために宇都宮の「サカヤカフェマルヨシ」で働くことにしました。「はじめは接客や製菓を学び、そのうちイベントまで担当させてもらえて、大変でしたが、今その経験がとても役に立っています」。春樹さんは「あの名店で修行してくれたおかげで、彼女とは対等に意見が交わせます。もし経験のないまま二人で店を開いていたら、ぼくが一方的に考えを言うだけだったと思う。今も、なにか言われて一瞬反発するけれど、あとから考えてなるほどと思い、その意見をこっそり採用することが時々あるんです(笑)。彼女がいたから、独立を決められました」と言います。
 お二人には小さなかわいいお子さんがいます。お店が軌道に乗って忙しくなればなるほどお子さんとの時間が減ることがジレンマですが、今はご実家の力も借りながらの毎日です。輪くんは、ママの作るスコーンが大好き。実は卵アレルギーがある輪くんのために絵美さんがレシピを工夫して作りあげたスコーン。しっとりと優しい口当たりで、いくつでも食べたくなる味はお店でも人気です。これは輪くんがいたからこそできあがった味。ちいさな輪くんも、Novelの一員です。

 お店をオープンして驚いているのは、遠くからカフェ好きな方が来てくれるだけでなく地元の作家さんや商店の人が通ってくれることだそう。「これにはとても驚いています。地元の方が気軽に食べにきてくれたり、また別の人を連れてきてくれたりする。新しい店を応援してくださっていることに本当に感謝しています」







 最後に、ご自分たちのプライベートでも愛用している智さん作のコーヒーカップをみせていただきました。手にすっぽりと収まるぬくもりのある器。とても気に入っているのだそう。きっと吉澤夫妻はこのカップを手に、お店のこと、育児のこと、これからのこと…数えきれないくらいたくさんの会話をかわしていることでしょう。(しばたあきこ)


※ 益子参考館…益子参考館は、陶芸家 濱田庄司が自ら参考とした品々を、広く一般の人々にも「参考」にしてほしいとの意図のもとに、開設された美術館。(益子参考館ホームページより抜粋)







DATA:

Cafe Novel

栃木県芳賀郡益子町益子3355-1|Tel.0285-81-3737
営業時間|11:30〜18:00
定休日|水曜日、不定休






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