[ツクリテモノコト探訪] 記事数:3
| 前の記事 >
アトリエに響く漉桁(すきげた)を操る水音、次々と生まれる繊細でモダンな模様の美しい和紙達。アトリエの道具はどれも奈良、平安に生み出されたもの。いにしえの道具を使って、現代も変わらず和紙が出来上がります。古き道具を操り、新しきが生まれる…。和紙作家・森田千晶さんのアトリエの古い部屋の和紙達は、カーテンや間仕切りランプシェードといった大作へと姿を変えます。和と洋の境が消されていくその独特のしつらいに、思わず溜息がこぼれ落ちます。
古き道具から生まれる繊細なモダン和紙
森田さんは短大で美術を学び、ジュエリーデザイナーを経て和紙作家の道に進みました。ジュエリーデザイナー時代に素材探しの中で和紙と出会い、体験で和紙漉きをしたのが現在への入口。植物の繊維を取り出し、煮詰め、叩き、やがて和紙となる全行程を自分のみで作り上げる仕事に充実を感じたと言います。
地元埼玉県の小川町にて8年間の修業時代は、ひたすら和紙を漉く日々。伝統的な和紙作品を仕上げられる様になった頃、「このまま和紙職人の道を貫くべきか…」という岐路を迎えます。そこで、紙文化のメッカでもあるオランダへ留学を決意、自分と和紙とデザインを摺り合わせる貴重な時間を得ます。
帰国後、小川町に所蔵されていた古い作品の中から型に透かし模様のある技法の作品を見つけ、その出会いが現在の代表作であるレース和紙へと繋がりました。作品づくりの最初の一歩である模様は、本物のアンティークレースを原型にして、シルクスクリーンに似せた型を起こすところから作られます。和紙漉きをする際にその型をのせて漉き上げる事で網目から余分な繊維が落ち、残った繊維の寄り具合で白と透かしの混じり合う、柔らかなレース模様の穴開きの作品が仕上がります。
それはまるで本物のレースのモチーフのようですが、木の繊維からできた和紙であり、清らかで神聖な世界感があります。『first』と名付けた一作目は、森田さんの代表的な作品モチーフとなりました。
最初は外注していた型も自作可能となり、オリジナル模様による独特の世界観が更に深みを増していきました。森・水・鳥…自然をテーマにした数々の模様はどれもリズミカルで繊細であり、時には大胆に和紙を踊らせ操り、新しい顔を次々と生み出しています。
アトリエでの手仕事風景。それはまるで魔法のよう…
森田さんのアトリエにお邪魔すると、自家栽培の楮(こうぞ)の畑があります。楮を育て繊細を取り出す作業をする作家は希少な時代ですが、森田さんは「なるべく全てを自らの手から」にこだわり続けているのです。
冬に楮を刈り取ったら、皮剝や煮出し、洗浄、トロロアオイの粘り成分との掛け合わせなど、さまざまな工程を経て紙料液が作られます。竹簀(たけす)を張った漉桁に模様の型を乗せ、汲み上げては揺すり、求める厚さになるまで繰り返す…。森田さんの腕が前後左右に素早く漉桁を操り、次々とレース模様の美しい和紙が浮かぶ光景はまるで魔法のよう。微妙な紙の厚みで柄の雰囲気も変化します。
年配の方には目から鱗、若者には極めて斬新な和紙との出会い。障子紙や文道具として普遍の存在であった和紙も21世紀には森田さんの感性によりバレリーナと姿を変えます。firstから始まるモダン和紙、更にその先の森田千晶さんの世界が楽しみでなりません。(くろさわ みゆき)
<作家プロフィール>
女子美術短期大学造形学科生活デザイン専攻卒業。アクセサリーデザイン会社を経て、小川町和紙体験学習センターにて講座受講後、同センターに勤務。
オランダ美術留学。
現在、アトリエ線路脇にて創作活動。
[ツクリテモノコト探訪] 記事数:3
| 前の記事 >
「ゆたり」は時の広告社の登録商標です。
(登録第5290824号)