[ましこのうつわ] 記事数:7
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写真提供/上野仁史
佐藤さんの器を初めて手にしたのは、益子の「STARNET」でのこと。ミニマムにそぎ落とされた静かな空間。そこに並べられた作家の名前を出さない器たち。凛とした店内の空気に少し緊張しながら眺めた棚に、やわらかい黄白色の器がありました。飯碗を手に取ると、手のひらにしっくりと収まり、ほのかにかさかさとした表面が温もりをたたえているよう。家に持ち帰って日々使っているその器は8年ほどを経過した今、粉引の黄色に深みが増し、愛着を感じさせてくれます。
佐藤さんは、電気ではなく自らの脚でろくろを回すことを動力とする「蹴ろくろ」(けりろくろ・けろくろ)の技法で作陶しています。
10才まで東京で育ち、その後茨城県藤代市(現取手市)に引っ越します。そして高校時代、選択授業のなかで陶芸に出会いました。「それまで美術系は得意だったのですが、ろくろだけはうまくいかない。全然できないまま終わって、またいつかやりたいという思いでいました」
手に職をつけたい。手でする仕事をしたい。何かを作りたい。でもそれが陶芸だと初めから思っていたわけではなかった佐藤さんは卒業後建築家を志しますが、志望する大学に進むことはかないませんでした。
「その頃、アメリカの大学への留学手続きを代行する機関を見つけました。まずは半年間アメリカの語学学校に行き、TOEFLで基準点を満たしたら入学するという感じで、途中帰国した期間を除くと、一年間アメリカにいました」
一時帰国したとき、次に渡米するまでの間、心に残っていた陶芸をやろうと思いつき、近所の陶芸教室の門をたたきます。半年経って再びアメリカへ。「アメリカに戻った時、やはり焼き物をやりたいという思いが強くなりました。大学を卒業してからでも遅くはなかったのかもしれませんが、本当に楽しいと思えることをやろうと思ったので、結局大学には通わず帰国することを選びました」
陶芸をきちんと基礎から学び直そう。そう思った佐藤さん。唐津の陶芸家の蹴りろくろをみて「九州にはまだそういう技術があるんだ」と、学びの場を九州に求めます。西岡小十氏の工房、そして熊本のクラフトパークで修行。しかし、やりたいことに対して思うような成果を得られず茨城の実家に戻り、庭に工房を構えて独学で作陶をはじめたのが21歳の時でした。実家の工房では電動ろくろで作陶していた佐藤さんは、個展などのために通うようになった益子で小野寺正穂さんに出会います。
「小野さんが蹴ろくろで作陶していることを知り、個展に伺って蹴ろくろでつくりたいことを伝えたら、成井恒雄さんのところに行くといいと言われて」。その日のうちに成井さんの工房を訪ねます。「初めは弟子をとらないと言っていた成井さんですが、一時間ほど話し込むうちにじゃあたまに来るか?と言ってくれて」。そこから益子通いがはじまり、25歳のときに本格的に益子に移住。
「成井さんは、少しだけ気難しいところもありましたが大らかな方でした。社会派で、哲学的で、弱者の味方。そしていつも、“ダメでいいんだ”と言ってくれていた。世の中優秀な人もいるけれど自分はダメなんだ。佐藤さんだってアメリカも九州もダメでここに来たんだろう。だから、いい物を作るとか有名になるとかじゃなく、焼き物を楽しんで続けることが一番大事なんだよ、と言ってくれました」。また成井さんは、徐々に消えつつある昔から受け継いできた蹴ろくろの技術を伝えたかったそう。それは機械的に作られたような物を作る技術ではなく、人間味が出る「楽しい技術」なのだと佐藤さんは言います。
「九州では、電動ろくろでやることをそのまま蹴ろくろでやっていました。でも、ちゃんと必ずどこかに伝統の技術があると思っていた。それが益子にあったんです。手の使い方も、蹴ろくろで使う土もみの仕方も全然違います。土には空気をたっぷり揉み込みながら練ります」。菊練り(=土もみ)は、土の空気を抜くためと理解してきた私には驚きの言葉でした。「空気をたくさん入れてふわふわにするんです。そのほうが、形がへたりにくいんです。ぼくのとらえ方で言うと、真空土練機で練った土はカチカチ。人間だったら、体の固い人っていますよね。そうじゃなくやわらかい土にしてから形を作ると、柔軟に形ができるような気がするんです。あくまで感覚の問題ですが…。挽き方も、ひねりながら。普通は、土をはさんで薄くしていくのですが、土に外側から圧をかけて薄くするのではなく、内側から伸ばしていくイメージ…」
素人の私相手にいくら言葉を尽くしても理解できるかわからないというのに、佐藤さんは言葉を惜しまず教えてくださり、更に実際にろくろを挽いて見せてくださいました。
土練は、土をつぶすことなく優しく練っていて、まるでパン種を扱っているよう。(実際佐藤さんの趣味はパン作りで、その出来栄えは玄人の域。)
電動のモーター音がない蹴ろくろはとても静か。ろくろを蹴る右足の衣擦れと、木製のろくろの回転する音だけがかすかに聞こえます。「ひねりを加える」という手の使い方。佐藤さんの手の中で形作られている土は、ぐっと身をよじって自分のなりたい形になろうとしているように思えます。これから生まれつつある器が、佐藤さんの手のひらの中で熱を持っているようにも見えました。
「ろくろを挽くこと自体がとても楽しいんです。どんな形にしようか頭で考えることはしないですね。頭ではなく、手でつくる。手の中からうまれてくる形のほうが、器自体やわらかい雰囲気だと思うんです」
工房にはガス窯、そして屋外には手作りの登り窯が。現在取引先の多い佐藤さんは、5人ほどのスタッフと一緒に休みなく、でも楽しそうにろくろをひき窯を焚きます。
20代の入口で、アメリカや九州で進む道を模索した佐藤さん。益子に来てから、なにか迷ったことはないのですかとお聞きしました。
「人は、人生を選んで生まれてくるという考え方があるんですが、それに疑問をもっていない。こんなこと言うと変に思われるかもしれませんが、自分は生まれる前に焼き物をやろうと決めて生まれてきたと思うんです。これからも、普通に使える器をずっと作っていきたい。普通に使える器を「ああ、いいね」って言ってもらえたらいいなと思います」
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石の蔵
宇都宮の田川沿いに建つ蔦のからまる大谷石の倉庫。1954年に建てられたこの倉庫は、2001年に創作和食料理の店「石の蔵」としてオープンしました。高い天井に、宇都宮特産の大谷石をそのまま生かした内壁。そこに栃木県内外の作家を起用した什器や照明がしつらえられ、一歩店内に入っただけで日常にはない空気感を味わうことができます。
宇都宮育ちのオーナー上野仁史さん。大学進学を機に東京に住まいを移しましたが、15年を経て家業を継ぐために宇都宮に帰ってきました。
「帰ってきてから思ったのが、東京から来た友人を案内したくなるような場所、とくに飲食店が少ないということでした」。せっかく訪れてくれた友人に、宇都宮ならではの場所に案内したい…。そういう場所がないのなら、自分で作ればいいのではないかと発想を転換して目を向けたのが、実家で所有していた大谷石の蔵。長年食品の倉庫として使われていましたが、上野さんが家業に従事したころにはすでに活用されていない状態でした。
「大谷石は宇都宮の大谷地区でいまだにとれる地元の特産品。東京にないもの、地元らしいもの、その土地ならではの価値のあるものと考えたとき、大谷石の蔵はいい表現媒体だと思い至ったんです」
地元の人にとっては見慣れた大谷石の建物も、県外から訪れた人の目には新鮮に映っており、オープン当初は東京方面からのお客様の反応のほうが顕著だったそうです。それを知った地元の人たちが、当たり前に思っていたものの良さを再認識する。石の蔵がオープンした後、周囲にも大谷石の建物を再利用した店舗などが増えてきているそうです。
石の蔵店内にはショップも併設されており、陶・木・ガラス・金属など扱う素材もさまざまな作家の作品が展示販売されています。佐藤さんの器も、ショップにならんでいるのと同時に、レストラン内で実際に使用されています。この日料理長の熊谷稔さんが作ってくださったのは「才巻海老とうるいの白和え」、「栃の木まいたけと旬野菜のあげびたし」、「サワラの塩タタキ」。佐藤さんの器のやわらかい黄粉引の風情が、色とりどりに美しい料理をひきたてます。「佐藤さんの器はスターネットではじめて見て惹かれました。自然な風合いも、色合いもいいですよね。この空間にもマッチしていると思います」と上野さん。「また、この食材を盛り付けるにはこんな大きさの器を…などという要望にも柔軟に対応してくれることも、佐藤さんの魅力のひとつなんです」
空間と料理、そして器。店内の印象を決定づけるものに手を抜かない濃やかな心くばり。「この空間も地元の作家と協力して作り上げたと思っています。地元宇都宮で、地元のすぐれたものを紹介していきたい」
写真提供/上野仁史
オープンから定期的に、クラシック、ジャズ、古楽器によるバロック音楽などのコンサートも開催しており、そんな日はことさら日常を離れた体験ができそうです。「すばらしい体験をすることが人生の醍醐味と思っているんです」という上野さん。
いったん外に出なければわからなかった地元の良さ。それを上野さんが、誇りと愛情をもって表現しているのが石の蔵なのです。(しばたあきこ)
栃木県宇都宮市東塙田2-8-8|Tel.028-622-5488
営業時間|
ランチ
11:30ー14:30 ラストオーダー14:00
カフェ
11:30ー17:30 ラストオーダー17:00
ディナー
17:30ー22:30 ラストオーダー22:00 (コース21:30)
ショップ
11:30ー22:30
定休日|不定休
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