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第一話〜第十九話はゆたり出版の「かさまのうつわ」に再編集し収録されています。「かさまのうつわ」はネット通販、書店、販売協力店でお買い求めできます。詳しくは本とゆたりをご覧ください。


[かさまのうつわ] 記事数:19

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第十八回 沼野秀章さん

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 フェイスブック、ツイッター、インスタグラム…。SNSを使って自身の近況を発信するのが一般的になった今、若手の陶芸家の中にも作陶の様子や個展のスケジュールなどを上手にSNS上に載せている人たちがいます。今、作っているもの。今、考えていること。それらを多く発信している作家の一人が沼野秀章さんです。





 福島生まれの埼玉県育ち。高校時代に、初めて陶芸に触れたと言います。「美術部に入ったんですが、1週間で退部しました。みんなそろってデッサンとかしているのを見て勉強みたいだなあと思って。美術部は退部しましたが、実家の入間市の隣の飯能市にあった陶芸教室に月に1、2回通ったことがあって、それで焼き物って面白いなと思ったんです」
 卒業後は文化学院芸術専門学校の陶磁科に学びます。「学生時代、笠間の駒沢博司先生の作品を見て感銘を受けました。伝統的な陶芸に古臭さを感じていたのですが、個性的で芸術的で“焼き物でこんなことができるんだ!”と。笠間の他の作家たちの印象も強烈でした。自分より一世代上の人たちが、オブジェと器の二刀流で大きな作品をどんどん作っていて勢いを感じました」。卒業後、笠間の窯業指導所で釉薬科に通ったのち駒沢博司氏に師事。2001年に独立します。





 沼野さんのSNSでは、作陶の様子とその時仕事場で聴いているCDのジャケットが一緒にアップされることがよくあります。作品の搬入に向かうときに車中で聴く音楽のCDジャケットを登場させることも。実際仕事場におじゃましてみると、自作の棚に作品の数に負けないくらいたくさんのCDが並んでいました。
そして作品には、それぞれのシリーズ名が付けられています。「刻ム音」「落書き」「夜明け前」…。
「この“夜明け前”というシリーズ名は、AKUTAGAWAというバンドの曲からもらった名前です。ずっと以前に山形の陶芸家の樽見さんという方にAKUTAGAWAのことを教えてもらい、youtubeで探して聴いてみたらすごく格好よかった。震災の年に東京の伊勢丹で企画展に参加したとき、空き時間にタワーレコーズでAKUTAGAWAのCDを買いました。すごくグッときて、それからは仕事中延々と聴くようになったんです。ライブにも足を運び、そのうちにAKUTAGAWAの『夜明け前』のような作品を作りたいと思うようになったんです」
 音楽を聴いて感じた何かを表したいという沼野さんの作品の特徴は、日常使いの器でありながら特別な印象をもたらす文様の表情、ヨーロッパの街並みの古い石壁のような風合いや、メタリックに光る金色の釉薬などが特徴的です。また、使い込むほどに表情を変える金彩・銀彩などの器も多く作っています。





 「ぼくは、〇〇(技法の名前」をやっている作家です、っていうのが好きじゃないんです。技法で自分をくくらず、その時見たもの、その時聞いたものを反映した作品を生み出していきたい。形はもちろんですが、表面処理の仕事を大切にしているのでそこを見て気に入ってもらえたらうれしいです。そこから、使い手の方と形についてのやりとりをしながら作っていくことも多くてそれが楽しいですね」
 笠間で作陶する沼野さんは、春と秋には益子の陶器市に出品し、個展も両地域で数多く開催しています。また、同年代の笠間の作家との交流も多く、酒井敦志之氏とは合同陶芸ユニット「笠間ヒデトシ」名の活動も。2人でそれぞれひいた湯飲み茶碗を縦にカットして、半分は酒井氏、半分は沼野さんのものをつなぎ合わせて再び一つの茶碗にするという大胆さが話題になりました。
 「笠間は産地でありながら、とても自由です。上の世代からの干渉のようなこともなく、それぞれが自分のものを作っていてやりやすい。ただ、自由とはいっても技術だけはしっかり磨きたいですね。最近、作りたい物が意識して作れるようになってきたと感じ、それも楽しいんです」
 SNSを拝見する限り、その仕事量は相当なもの。夜中にふと目にする沼野さんのインスタグラムの写真の中に、音楽の染み込んだたくさんの器の姿を見るのは私のひそかな楽しみでもあるのです。




アイリッシュパブ ケルズ





 水戸市の「うつわや 季器楽座」で出会った沼野さんのビアカップ。「落書き」シリーズの、ひょうたん型が特徴的なカップです。ここに注ぐ美味しいビールを求めて向かったのは水戸市の桜川沿に店を構える「アイリッシュパブ・ケルズ」。アイルランドの家庭料理と、ギネスなどのアイルランドビール、そしてアイリッシュウィスキーなどがそろうお店です。
 2001年に水戸市役所近くにオープンしたものの、10周年を迎えた2011年、東日本大震災で店舗が半壊。建物の形は辛うじて残ったものの、床や天井は落ち、土台はゆがみ、結局その場所での再開はかないませんでした。いったんは店をたたもうかと考えた店主の山口隆史さんですが、周りの勧めもあって現在の場所にリオープン。4年目を迎える今も、オープン当初から通っている常連さんをはじめ多くのお客さんが席を埋めます。「お客さんや同業者に小さくてもいいから続けることが大事だと後押しされて今に至ります。皆さんには本当に感謝しています」

 山口さんは笠間出身で、なんと人間国宝の松井康成氏の住むお寺の隣で子ども時代を過ごしたそう。「2階の窓からお寺の庭を見ると、作った器がずらっと乾かしてあるのが見えました。また、外に焼損じの器が積んであったんですが、それをぽーいと投げて割って遊んでは“こらー、割るんじゃない!”と怒られたりしていましたね(笑)」
 そんな山口さんは、焼き物を見るのも作るのも好きで、ご自宅では自作の丼を使っているそう。
 沼野さんのビアグラスに注がれたのは、ギネスビール。「焼き物だからクリーミーな泡が出ますね。形もユニークで、それなのに持ちやすくていい!ビールの味や香りを味わい分けるためにビアグラスにもいろいろな形があります。このビアカップの形もありだと思います。なにより、ずっと眺めていたくなる模様、これいいですね」
鉄釉のメタリックに光るプレートには、色鮮やかなピクルスや香ばしい香りの揚げたてフィッシュ&チップスが盛り付けられます。「この力強い黒がいいですね。そしてちょっと金色がかったところがカッコいい。男の料理が映える感じもありますよね」

 ケルズでは、よく音楽のライブが開催されています。アイリッシュ音楽の生演奏であったり、三線の達人の常連客のライブであったり。「お酒と音楽は切り離せません。どっちが欠けても寂しい。店を始めたとき、アイルランドのパブで見たようなアイリッシュ音楽のライブを開きたいと思いました。音楽でお客さんが楽しんで雰囲気がほぐれて、すごくいいなと思ったんです。初め、アイリッシュの演奏者をなかなか見つけられませんでしたが、東京から来てくれたバンジョー奏者の方をきっかけにご縁がつながって、いろんなアーティストの方がライブを開いてくれるようになったんです」。この取材の直後にもハイランドバグパイプとバウロン(手で持って演奏する太鼓。アイリッシュ音楽で使われる楽器)のライブが予定されていました。





「実は私自身、お酒はあまり飲めないんです。だから、お酒が好きな方はもちろんのこと、お酒が飲めないけどパブの雰囲気は好きだ、というお客さんにも気軽に来ていただいて楽しんでもらえる店にしたいですね」
 水戸にいながらにしてアイルランドのお酒と音楽を楽しめるお店。今夜も賑やかな会話と陽気な音楽がお店の外にまで流れ出ています。(しばた あきこ)







DATA:

アイリッシュパブ ケルズ

茨城県水戸市桜川1丁目5-18 1F|Tel.029-302-2231
営業時間|平日/17:00〜翌1:00
     週末/17:00〜翌2:00
定休日|火曜日





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