まるで携帯電話のCMに登場する白い犬を見ているような作品を作り続けている山口さん。あのCMに先立つこと1998年から「犬のまるちゃんシリーズ」を制作し、多くのファンを抱える人気作家です。「犬のまるちゃんはハスキー犬と秋田犬のミックスでした。コロコロとした人なつっこい犬で、今の私の生活を支えてくれているんです」と山口さん。3年ほど前に死亡したまるちゃんのお墓にはいつも花が添えられています。
まるちゃんを失ってから、命日に合わせるように生まれた2代目のタローが山口さんのところにやってきました。海辺で拾われた犬で風貌はまるちゃんと違って細面でハンサムな雑種犬ですが、いつも山口さんのそばに寄り添い、作品作りに没頭する姿をじっと眺めています。
山口さんはミュージシャンを目指して東京で活動していましたが、夢半ばで地元の窯元に入社。作陶の技術を学んで独立を果たし、笠間の山々に囲まれた一軒家の工房を借りて、作陶に励んでいます。当初は練り込みのアクセサリーや食器なども手掛けていましたが、いつの間にか「まるちゃんシリーズ」に熱中し、現在は犬物中心の作品が主になっています。
その作品は犬の表情や仕草を巧みに表現した愛らしい姿で、若い女性を中心に根強いファンを抱えています。注文されても間に合わない状態の日々で、笠間の陶芸店を回っても、なかなかお目にかかることができないほどです。「犬のまるちゃん」を偶然見かけたという三重県の伊勢神宮の土産店から、「ぜひ、この犬をモチーフに『おかげ参り』を作ってほしい」という依頼も飛び込んできました。「おかげまいり」というのは江戸時代に流行した伊勢神宮参拝のことで、旅に出られない人の代わりに犬が伊勢まで行ったという記録もあります。伊勢参りを託された犬は、宿場から宿場へと沿道の人々によってリレーされ、伊勢を参拝後、無事に飼い主の元へ帰って来たと言います。その故事に倣った置物はまたまた人気を博しています。
自然あふれる工房は「自宅から近いので一軒家を借りましたが、この辺はイノシシも出没するので、すぐ裏の畑が荒らされたり、近所のヤマイモ畑が全滅したりしているんです」と言います。でも「田舎暮らしはさまざまな知恵を授けてくれるんです。四季折々の自然はもちろん、刈り払い機を使って土手の除草することやその意味まで、自然のなかでやることにはすべてに整然とした理由があるんです。今ではハンドドリルを使って大工仕事もするようになりました。最初は虫さえ怖かったのですが、今では平気。蛇も見分けがつくようになりました」と、生きることへのたくましさも備わったようです。
「江戸時代のことが好きで、落語や歌舞伎も好き」という山口さんですが、昔とった杵柄ではありませんが、音楽を忘れたわけではありません。「今の生活のリズムと合っている」とボサノバを歌い、ステージ活動も行っています。「高校時代からバンドをやっていて、今は昔話などのお話のステージも行います」と言います。笠間を中心としたさまざまなイベントでオリジナリティーあふれる昔話や民話を聞かせるなど、活動の場は工房の中だけでは収まらないようです。
実家は笠間市稲田の石屋さんで、曾祖父は瀬戸内海の小豆島から稲田石の採掘のために移住してきたそうです。その曾祖父は大変な芸達者で後に稲田に「共楽場」という劇場を作り、近隣の人々へ娯楽を提供していたそうです。山口さんの幼いころには映画の上映も行われていました。
「私もそんな曾祖父の血を継いでいるのかな」と山口さん。作陶で人々を和ませ、歌で心を癒す。そんな心地よさを提供し続ける山口ワールドに浸っていると、いつの間にか純真な気持ちが芽生えてきました。
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