雪村、立原杏所、林十江、横山大観、小川芋銭など、日本の近世画壇を代表するそうそうたる逸材を輩出した茨城。今でも多くの作品が県内に残されていますが、年月を経て劣化が進むこれらの作品には修復がつきものです。屏風や掛け軸などの修復には高度な技と経験が必要とされます。寺門さんは公立の美術館や寺社、個人所蔵家たちの信頼を一手に集める水戸の表具師として日々、これらの作品に対峙しています。
水戸生まれ、水戸育ちの寺門さんは、洋画家だった父親の影響を受け、美術の道を目指しましたが、たまたま旅行で京都を訪れたときに、伝統産業館で見た掛け軸に魅せられ表具師を目指すことに。この運命的な出会いにより、その場で日本を代表する表具店・岡崎清光堂に飛び込むように弟子入りしました。ほかの弟子たちと共に住み込み、10年間修業。この間、表具の伝統の技術を習得し、御礼奉公を勤め上げ、のれん分けを許され、水戸で開業したのは29歳のときでした。
自然素材を生かした店のれんには「泰清堂」の文字が目を引きます。のれんをくぐるとそこが寺門さんの仕事場です。作業台の上に広げられた掛け軸から絵画の部分だけを切り取り、色を抑える作業などを進めていきます。お弟子さんとの息の合った作業ですが、慎重で繊細な手さばきが要求され、室内の空気は緊張の糸が張り詰め、やさしい寺門さんの目にも鋭い輝きが光る瞬間が訪れます。
ひとつの作品の修復には乾燥だけでも1か月はかかるという、息の長いスパンで作業は進められます。作品の表装に使う布の色柄などは、お弟子さんのほかに奥さまも見たてを手伝うこともあるそうです。寺門さんは「どういう作品か、どんな作家なのかを知らないと恥をかくこともあります。江戸の文人画家など意外にインド更紗を好んでいたりしていて、作家の好みも尊重しなければならないのです」と、中途半端な知識だけでは通用しない厳しさが付きまとうようです。
そんな真剣勝負が繰り広げられる仕事場に隣接した母屋への戸を入ると、追い討ちをかけるように和の空間が広がります。京都の町家を思わせる落ち着いた雰囲気が漂い、打ち水された玄関の脇には、質素でありながら手の込んだ茶室がしつらえてあります。そこが寺門さんの趣味の世界の固遊空間でした。
「水戸石州流の茶道を学んでいますが、茶道はたしなみとしては究極の遊びといえます。茶器をはじめ、茶室など家作りまで発展するため、最高に贅沢なもの」と、15年になるという茶道は師範の域に達しようとしています。厳しい仕事と静の茶道。このふたつの時間と空間が寺門さんの人生に豊かさを加えるエッセンスのように映ります。
痛んだ掛け軸や屏風などを現代に蘇らせるには、経験から生まれた伝統技術はもちろん、最新の科学技術の力を借りることもあります。8年も寝かせた古のりを使う一方、レーザーで絹を劣化させるなど「修復の技術自体、日進月歩なのです。安全で確実な方法をとるため、研究所などの協力も得ます」と寺門さん。伝統に束縛されず、絶えず最新の技術も応用する柔軟さも合わせ持っています。当然、仕事の範囲も水戸だけに限定せず、関東近辺に広げる営業努力も惜しみません。最近はじめたというゴルフも趣味の1ページに加え、新しいチャレンジも厭わない—。水戸人のもつ進取の気性は寺門さんの血にも流れているようです。(前田)
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