※移住されました。
周囲を山と茶畑に囲まれ、沢の水音だけが響く典型的な山村の中に立つ古民家。そこを紙の作品作りの場として定め、昨年6月に大子町にアトリエを構えた白石さんは、家のリフォームと創作活動が半々の生活を送っています。
「広いアトリエを探していて、知人に教えてもらって、この場所に決めました。紙を漉くには塩素の入った水道水では出来上がった紙が弱くなるようです。それに、このあたりは昔から、那須楮(こうぞ)の産地だったのです」と、紙を相手にする創作活動にはうってつけの場所だったのです。
長年空き家となっていた6間ある大きな母屋と2階建ての蔵に移り住み、アトリエとして手を加えることは覚悟の上でした。「山を背負っているせいか湿気が多く 床下は腐っているところもあり、畳はぶかぶか」。そう屈託なく話す白石さんはそれまで持ったことのない大工道具を使い、母屋の床は虫がついたり腐ったりしないように焼きを入れたフローリング材を敷き詰め、囲炉裏も大きく改造、天井をはずし、寒さの厳しい冬に備えてまきストーブも用意しました。蔵は1階部分に紙漉きの手作りの道具をそろえ、雨よけのひさしを張り、作業場としての形を整えてきました。でも「まだ半分もできていない」と、手を加えるところはまだまだ多いようです。家はもちろん、紙漉きの道具まで手作りし、自分で作った紙で造形し、作品を完成させる。それは、全てを自分の手で作り上げる造形作家としての究極の姿でもあるようです。
そんな白石さんは高校生のころから紙に興味を持っていたそうです。ある日、物産展で見かけた和紙に感銘を受け、紙の作家を志しました。大学では紙についての専門学部はなく、染織を専攻しましたが、授業の一環で和紙を使ったデザインを学び、そのまま紙の作家としての道を歩むことに。越前和紙で有名な福井県今立町で開かれる「現代美術今立紙展」では優秀賞を獲得。都内の料理店の内装を手がけたり、照明やオブジェなどのオリジナル作品や結婚式場での案内ボードの制作を請け負うなど活躍の場を広げています。また、紙とかかわりの深い書や焼文字なども守備範囲。「紙は繊維と繊維が重なりくっついたもの」という意識で相対する白石さんの作品は「紙は温かく、強い」といった既成概念だけにとらわれない自由な作風が特徴。とかく憧れと幻想だけで田舎暮らし夢見る都会人とは違い、苦労を厭わない性格と必然とで居を構えた白石さんのライフスタイルがそのまま作品に反映されているようです。
白石さんは「紙は作品をイメージして漉きます。用途によって、紙の漉き方を変えることができます。今度は障子を張る紙を作ろうかと考えています」と、漉き舟と呼ばれる水槽から慣れた手つきで紙を漉きあげていきます。
仕事の関係で大子と実家のある埼玉を往復するため、大子のアトリエで過ごす時間も創作とリフォームに割かれますが、創作活動の足場が固まったこれからが、白石さんの本領が発揮されるときなのかもしれません。白石さんの漉いた紙が大子の風に伸びやかに揺れていました。より多くの人たちがその姿を間近に見ることのできる日も近いようです。(前田)
※白石さんへの作品依頼、問い合わせは電話0295-78-0078へ。
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