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[木を植える音楽] 記事数:12

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最終話 「Epilogue~Ending Theme」小川倫生さん

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 「『1枚のCDをつくりたいんだ』目を輝かせて倉本さんがそう話すたびに『いいですね、楽しそう』って、かるく話を受け流していたんです。考えは素晴らしいけど、あまりに現実的じゃないなって。そもそも制作資金はないし、CDをつくる大変さを倉本さんは分かっていない。ましてや11組のアーティストをまとめてアルバムをつくるなんて…。申し訳ないけど正直、不可能だろうと思っていましたよ。でも、経費や苦労など顧みない倉本さんの思いを聞いているうちに、段々と心が揺れだして、結局プロデューサーを引き受けてしまいました。このプロジェクトを成功させることは、相当難しいと分かっていながらもね」
 1枚のCDによって、10本のクロマツの苗木が震災で大きな被害のあった福島県いわき市の海岸に植えられる―。そんな無謀ともいえるプロジェクトがスタートして早4年。「木を植える音楽」のプロデューサー・小川倫生さんは、過去の記憶を解きほどくように、また時には懐かしむように、ゆっくりと当時の心のうちを語ってくれました。

 「できて間もない新しいカフェならではの瞬発力というか、初期衝動。そして倉本さんの純粋さや熱意が、このプロジェクトを可能なものにしたんだろうなって思います」 
 偶然にも、出会う前からすでにギタリストである小川さんの大ファンだったという「2tree cafe」の倉本さん。お店初のカフェライブも小川さんからはじまり、さらにつながりあるアーティストたちが倉本さんのもとで音楽活動をするようになった頃、私たちを襲ったのが東日本大震災でした。幸いに小川さんの暮らす地域では大きな被害はあまりなかったものの、目の前の現実にうろたえ、何をどうしていけばいいのか皆が手探りの状態。小川さん自身も精神的ショックを抱えながら、以前のような生活を取り戻すため毎日が必死だったそうです。
 「人間は、やっぱり衣食住あってのものなんですよね。衣食住がある程度安定しないと、文化や芸術のようなものは、もしかしたら成立しないのかもしれない。震災を経験して、そんな風に考えるようになり、今まで気づかなかった音楽の弱さを感じたんです。僕の仕事はそんなに必要でないのかなと、荒んでは打ちひしがれる日々を過ごしていました」
 気持ちを盛り立てるようにライブをしても、以前とはどこか違う空気感に自問自答を繰り返してきたという小川さん。しかし数カ月が過ぎ、友人アーティストとあるイベントでゲリラライブを決行した時、周りを取り囲むお客さんの姿を見て、その迷いも一変することになります。
 「お客さんたちが本当に楽しそうだったんですよね。聴こえてくる音楽に心をあずけきった皆さんのその穏やかな顔つきが、やっぱり音楽は人間にとってなくてはならないもの、音楽の力はどんな苦境を跳ね返す力があるんだっていうことを、僕に気づかせてくれました」

 そうして時を経て、倉本さんの提案もあり動き出した「木を植える音楽」プロジェクト。厳しい状況のなか、プロデューサーの小川さんにとっては全てが暗中模索。ただ安易に曲を並べただけのコンピレーションアルバムをつくるのは簡単だけど、そうはしたくない。そんな煮え切らないジレンマを解消するように、メンバーたちと話し合いを重ね「木を植える」「未来に繋げる想い」「自然と人との調和」という、3つのコンセプトが決定します。これらを軸に、ようやく各アーティストたちが曲を書き下ろす運びとなりました。
 「制作がすすむにつれ、このプロジェクトに賛同してくれる人が無償でスタジオを提供してくれたり、楽器を貸してくれたりと協力してくれて。おかげで数々の問題や自分たちの力じゃどうにもならない想定外なトラブルも、なんとか乗り越えることができました。信じられない奇跡的な出来事や出会いによって、自分がプロデュースした以上にプロデュースされた…そんな気がします」

 小川さんは「木を植える音楽家」としても、プロジェクトメンバーの安生正人さんやタエナル(沼尾妙子)さんと共作し、アルバムに2曲を提供(「雨の森」「Epilogue~Ending Theme」)。実は制作の段階で波の音を使うことになり、いわきの海岸に音源を撮りに向かった際、目に入る風景に愕然と言葉を失い、一度は曲をつくれなくなってしまったそうです。
 よそ者の僕たちは、ただ自分の気がすむようにしたいだけなんじゃないだろうか。
 被災した方々の気持ちを曲として奏でられるのか、そう一人葛藤しながら、虚しくも時間だけが過ぎていきました。しかし、倉本さんをはじめとするメンバーたちと思いを交わすうちに、小川さんは再び「音楽の力」を思い出します。
 「確かに僕たちはそこで暮らす者でもないし、こういったかたちの支援は直接的なものでもない。でも僕らが『想像すること』は、いわきの地と人に気持ちを寄り添わせることと、きっと同じことなんだと思うんです」
 これまでただ好きなように、誰のためでもなく自分のために音楽を創作してきたし、それでいいと思っていたけど、この「木を植える音楽」は違う。未来の子どもたちの夢となり、心の支えとなるものであってほしい。小川さんは「音楽の力」を信じ、こうして自分が目指す音楽の道標を見出したのでした。

 個性豊かなアーティスト、バラエティに富んだ楽曲たちが揃い、完成に向けて全体像がみえたのは、それからさらに2年後のこと。2014年の初夏にアルバムが完成し、翌年3月にいわき市の海岸にて念願だった「第1回植林ツアー」を実行。現地ボランティアの方々と共にプロジェクトメンバーたちは、自らの手で113本のクロマツの苗木をいわき市の海岸に植林することができました。そして「木を植える音楽」のCDは、現在、栃木県内だけでなく、いわき市のカフェでも取扱いがはじまり、参加アーティストたちも全国各地のツアーやイベントで販売するなど多くの人の手に行き届くようになりました。
 「『木を植える音楽』は僕にとって、誰かのため、何かのためにと思って制作した初めてのアルバムです。今までなら、完成したらそれ以上のことは何も思わないのですが、この1枚はいつも心の片隅に居続ける、特別な存在。これからもよりたくさんの人のもとへ羽ばたいていってほしいし、僕らの音楽によって新しく築かれるものを見守っていきたいです」

 集結したアーティストによってつくられた1枚のCD。世界を見渡せば、そんなCDは星の数ほどあることでしょう。復興に向けてのチャリティーアルバムが数多く存在しているのも、もちろん承知のこと。
 それでも終わりのない、未来へ繋がるアルバムはきっと「木を植える音楽」だけ。
 宇都宮市に佇む、とある小さなカフェに集う11組の音楽家たちによって誕生した、自然と人々の暮らしを思い描き、未来へと曲が紡がれる「木を植える音楽」だけなのです。(三上 美保子)



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