窓から差し込むやわらかな月明かりの下で、人は何を想うのでしょうか。
まだ見たことのない素晴らしき世界への憧れ、誰にも伝えることができない自分だけの秘め事。それとも二度と戻らないあの日々、あの愛おしい人々…。
蒼い闇に溶け込みながら繰り返される「夜想」。これからも私たちは毎夜、こうして想い続けていくことでしょう。私たちが生きている限り、生かされている限り、この先もきっと。
森の住人―。そんなおとぎ話にでも出てきそうなメルヘンなイメージも、すんなりと受け入れられる不思議な佇まいの安生正人さん。クラッシックギターからケルティックハーブ、アイリッシュフルートなどの楽器を器用に使いこなし奏でる彼の音楽には、一貫してひとつのある想いが込められていました。
「誰かのために、何かのためにという想いを曲に託しています」
家庭の事情で過去に幾度となく様々な別れを経験してきた安生さんが、「木を植える音楽」で表現した「夜想」という名の一曲。それは離れ離れになってしまった友人たちや、再び会うことのできない恩人と過ごした日々など、自分にとって大切な人や風景を想い返す「顧み」の音楽でもありました。
「先のことを頭に描いて曲をつくるより、僕の心のなかに刻まれた想いからメロディがつくられます。そのほうがしっかりと表現できるし、演奏中もその世界に入り込めるので」
震災後、キャンドル作家など様々なジャンルのアーティストが揃った仙台での復興イベントに参加した安生さん。しかし、ただ元気になってもらうだけでなく、自分の音楽で一体何を伝えられるか、どんな想いで演奏すればいいのかと戸惑いの気持ちもあったそうです。その後「木を植える音楽」プロジェクトが活動をスタートした際、微力でも何か自分にもできることがあればとアーティストメンバーとして参加した安生さんでしたが、ソロ作品の「夜想」、そして小川倫生さんと共作した「雨の森」と、結果として2曲もの楽曲提供をすることに。少し苦笑いをしながら安生さんは、当時のことを振り返りこう話してくれました。
「本当にそんなつもりじゃなかったんですけど。ただ、僕にもお手伝いできればと思っていただけなのに(笑)。『雨の森』はイメージを自分なりにつかみながら、小川さんとひとつにまとめていけた曲でしたが、アイコンタクトをしながら即興でメロディが生まれていきましたね」
小川さんのギターにそっと重ねられていく、安生さんのハープ。天からの涙にしっとりと濡れゆく深い森のように、心に静かに沁みとおる儚くも美しい「雨の森」。
明けない夜はない、やまない雨はない。偶然かもしれませんが「夜想」も「雨の森」も、その先に見えるものはどちらも同じ、ほのかな光が次第にあたりを照らしていくシーンです。朝陽が昇り、晴れ間が見える空。それはまるで、誰もが心の奥底で生き続けるかけがえのないものへの幸せを慎ましく願うことに等しい、尊い光景そのものなのかもしれません。
「目の前にいる人、遠く離れている人。過去や未来のこと。『木を植える音楽』で誕生したこの曲を通じて、どこかの誰かがそれぞれの大切な想いに顧みるきっかけになればと思っています」
雫したたる月下の森。目を閉じ、耳を澄ませば聴こえてくる優しいあの音楽。森の住人安生さんは今宵、誰をそして何を想い、顧みのメロディを奏でているのでしょう。(三上 美保子)
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