「ゆたり」ゆとりと情緒に満ちた暮らしのエスプリ

第9話　「チェスナッツツリー」Honey Cookiesさん

　料理をしている時、運転している時、お風呂に入っている時…そんな日常の風景で、自然と口ずさんでしまう「チェスナッツツリー」。「Honey Cookies」のベーシスト兼ボーカル、さとみさんの幼い頃の記憶がモチーフになったというこの曲は、倉本さんから楽曲提供の誘いを受けてからすぐにイメージが湧き、すんなりと誕生してしまったそうです。それは「木を植える音楽」というプロジェクトがきっかけになって生まれた新たな出逢いが、さとみさんの過去の記憶と未来への希望を結び付けたからこそのもの。いくつもの不思議な縁が「時」と「人」をつなぎ、「Honey Cookies」らしいご機嫌な一曲となりました。

　「Honey Cookies」はオリジナルソングのほか、アメリカの民謡に近いブルーグラスやカントリーなど、自然や人々の暮らし、昔懐かしい田舎風景をテーマとしたアメリカンルーツミュージックを演奏します。バンドメンバーはさとみさんの他、ギタリストのようすけさん、フィドラーのひろむさん、パーカッショニストのりつこさんの4人構成で、都内を中心に全国ツアーをするなど幅広い演奏活動を展開しています。明るく軽快な二拍子のリズムに、アメリカの陽気で可愛らしい音楽性に魅了されたメンバーたち。毎回のライブでも演奏だけでなく、雰囲気も楽しんでもらいたいと空間演出や衣装にもこだわり、お客様と一体となって盛り上がれるのが彼らならではのステージの魅力です。

　「以前から宮城の方とは、仕事上でお付き合いをさせていただいていたんです。震災後、早い段階で沿岸部に行く機会があったのですが、その悲惨な状況を実際に目にした時、あまりに漠然としてしまって…。様々な支援活動が行われていくなかで、私たちができることなんて、何ひとつないんじゃないかと自問自答したこともありました。それでも何か力になれることがあればと、心にとめておきながら暮らしていた矢先に、ちょうど倉本さんからこのプロジェクトのお話をいただいたんです」
　栃木県鹿沼市出身のさとみさん。同じく鹿沼市を活動拠点とする小川倫生さんやマンマリカなど、倉本さんを介しながら次第に地元で活躍するアーティストたちとの縁が広がっていったそうです。日光市出身のようすけさんと共に、自分たちが生まれ育った愛するのどかな田舎の風景と、バンドを通して表現しているブルーグラスという音楽の世界観、そして「木を植える音楽」のコンセプトが重なり合い、こうしてごく自然な流れで「チェスナッツツリー」が完成しました。

　「自宅近くの栗林で毎年、栗拾いをすることが我が家の恒例行事のようになっていて、たくさんの家族の思い出がそこでつくられましたね。悲しいことがあった時は、その栗の木に行って元気をもらったりして。私にとって『木』は、目指す音楽のルーツもそうですけど、倉本さんのお店『2tree cafe』のような人との出逢いの場だったり、なぜか不思議と今でも身近な存在であり続けているんです」
　幼い頃の大切な思い出としてずっと胸に残っていた栗林での記憶に、明るい明日を迎えられるようにと思いを込めた曲が、きちんとしたかたちで植林へとつながっていく―。未来へ向けた復興のひとつとなるこのプロジェクトに参加したことは、さとみさん自身はもちろん「Honey Cookies」としても、さらに新しいつながりを築くことになりました。
　「CDを制作するにあたって、様々なジャンルのアーティストと共演したのは初めてだったんですが、皆さんとはCDが完成した後もキャラバンライブで一緒に演奏したり、その場限りじゃない、これからへのつながりを得ることができましたね。植林として目に見えるかたち以外にも、同じ目的意識をもった者同士がこの『木を植える音楽』という1枚のCDがきっかけで、それぞれがいつまでも無理のないペースで音楽を楽しみながら、自然と支援できることもいいなぁって思うんです」

　小さな苗木が時間をかけ、ゆっくりと大きく育っていくように、つくり手や聞き手がゆっくりと広がっていくこともなんだか私たちらしいと、今までの活動を振り返りながら顔を見合わせた、さとみさんとようすけさん。自分たちらしく、ごく自然なかたちで…。そう願っていたことが縁あって生み出された彼らの一曲は、「何もできない」と思いこんでいた無力な気持ちを蹴散らし、これからのささやかな、でも確かな自信にもつながったようです。（三上 美保子）

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