その地にとどまるか、それとも旅立つか―。
自分たちが歩むべき道を選択しなければならない戸惑いや葛藤。そんな被災地で暮らす人々の揺れる心を表現した「天秤」は、タエナルさん自身が実際に被災地を訪れたことがきっかけとなり生まれました。
目の前にあること、そしてこの先の暮らし全てを、自ら選んでいかなければならない混乱のなか、どの道を選んでも深く刻まれてしまう心の痛み。それは、そこで生きてきた人にしか分かりえないこと…と、やり切れない想いに胸が押しつぶされそうになったというタエナルさん。それでも失ってしまったあの風景を取り戻すために、私ができることは、被災した人々のこれからに想いを寄せること。タエナルさんはそう信じ、優しく清らかなその声で、静かに祈るようにこの歌を歌い続けています。
「海の波は荒くて、風の強い日でした。押し寄せる波しぶきと潮風を全身に浴びて、この歌をつくることができたんです。そこに立ったからこそ、分かったことがあったから」
震災から1年が過ぎた頃、初めていわき市を訪れた時のことをそう振り返るタエナルさん。「天秤」の他に、「沼尾妙子」名義で小川倫生さんと共に「木を植える音楽」に楽曲提供しただけでなく、ディレクターとしてもCD制作に参加。完成後もメディア対応や、イベントの準備・進行など、様々な場面において、現在もこのプロジェクトを支え続けていています。
CDが1枚売れるごとに10本の苗木になるという、目に見えるシンプルな支援活動に共感し、以前から2tree cafeを通じて交流のあったアーティストや倉本さんたちと「木を植える音楽」という1枚のCDが完成したこと。それはまさに、タエナルさんにとって「奇跡の連続」だったと話します。
「各方面で活躍している皆さんをまとめて、CDをプレスするなんて初めての経験だし資金や時間の面でも、余裕のあるプロジェクトではありませんでしたからね。スタジオの手配からエンジニアの問題なども、奇跡的なタイミングや人との出逢いのおかげでこうして完成に辿り着けたことが、正直言って今でも信じられません」
リリース後もCDを通した「奇跡」は、さらに続きます。それは、アーティストとリスナー、音楽と木、現在と未来を結ぶ数々のつながりの誕生でした。
「『木を植える音楽』を木に例えるなら、枝や葉など見えている部分が音楽であり聞き手のみなさん。そして根や土壌など見えていない部分が、作り手と想い。私たちプロジェクトメンバーたちが想いを重ねながら音楽を奏でることで、根が広がり、どんどん木が大きくなって未来につながっていくイメージなんです。私自身も2tree cafeという『木』が軸になり、こうしてたくさんのつながりをもてたことに心から感謝しています」
音楽が好きで、自分で曲をつくるだけで十分だったというタエナルさん。しかし、1人のアーティストとして積極的に活動を広げるようになれたのは、2tree cafeとの出逢いが全てのはじまりとなったそうです。最近では「木を植える音楽」のキャラバンライブで、タエナルさんのステージを観たリスナーさんが「私も歌ってみたい」と、音楽をはじめたという、なんとも嬉しい報告もいただいたとか。
タエナルさんの音楽も、きっと1本の立派な木。澄みきったその歌声と切なる想いによって、のびやかに木は育ち、すでに多くの人の心に寄り添える存在になっているのではないでしょうか。
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