この風はどこからやってきて、この先どこへ向かっていくのか。何を見て、何を知り、何を想ってきたのだろうか。潮のにおい、揺らめく木々、宙を舞う綿毛…ひとつの「もの」として形をもたない風の存在を、私たち人間は身体でしか感じとれません。だからこそ目を閉じ、耳を澄ませ、心で感じてもらいたい。私たちのそばで、風が何を想うのかを。
「いろのみ」が奏でる「想風」。それは風の想いを音楽に託した一曲。私たちと同じようにあの日のこと、これからへの想いを風たちと共に心で感じられる音楽です。
数あるジャンルのなかでも、アンビエントやポストクラシカルといった独自性のある音楽を追求している「いろのみ」。映像からコンテンポラリーダンスまでアートのための音楽制作と演奏活動を行い、ピアノの音色がもつ新たな可能性の論文を発表するなど多岐に渡り活躍してきた柳平淳哉さん。パソコンを駆使し音響学や音響心理学を学びながら、音によって彩られる安らぎの自然の空間演出を創作してきた磯部優さん。そんな2人のユニット「いろのみ」は柳平さんがピアノを、磯部さんがラップトップ(パソコン)を担当し「季節のさまざまな色の実を鳴らす」ことをコンセプトに結成されました。ピアノやギターに有機的なエレクトロニクスを融合させた、幅広い表現力をもつ彼らは、さまざまな場所で演奏をしたり、芸術家たちとも共演しています。過去には京都の法然院や鳴子温泉郷といった名所旧跡でのライブパフォーマンスや、写真家・小林紀晴氏とコラボレーション企画を行うなど、音楽の枠を越えた表現活動が話題を呼びました。
「当時はとにかく身近な人の安否や原発のことで頭がいっぱいで、この先どう暮らしていけばよいのか、このままここに住めるのかと不安な気持ちでいっぱいでした」
と震災直後の日々を振り返る磯部さん。少しずつ落ち着きを取り戻し、宮城県で被災した友人に支援物資を送付するなどはしていたものの、復興活動といえるようなことはできてなかったという磯部さんは、倉本さんの誘いを受け、自分たちの音楽が少しでも役に立てればと「木を植える音楽」プロジェクトの参加を決意したそうです。
はじめはいろいろと考えてしまい、思うような音が出せなかったという楽曲制作。しかし、シンプルにその場所に寄り添うようなイメージを大切にしていくうちに、海岸で吹く風が、かつてそこにあった木々たちに想いを馳せる風景が頭に浮かび「想風」が誕生。それは木々への懐かしみと再会を願う、風たちの音楽でした。
「CD完成後の周囲の反応は上々で、特にリスナーの方々は純粋に音楽を楽しめるだけでなく、CDを購入することがいわき市の海岸に木を植えることにつながることに喜ばれていました。もちろん私自身も倉本さんをはじめ、参加している音楽家の皆さんや取り扱ってくださるお店の想いが集まって、着実に実を結んでいることにとても感動しています」
少しでも役に立てば、少しでも復興につながればとの想いを込めて、制作に臨んだ柳平さんと磯部さん。そんな彼らの「少しでも」という願いは、もうひとつ存在します。それは、この曲を聴くことで、少しでも寄り添う気持ちを感じてもらえたらということ。
「寄り添う気持ちがいろいろな想いをつなげ、育んでいけるのではと思います」
想いと想いをつなげるものは、きっと形をもたないもの。だから、風のように音楽のように心で感じることが大切。私たちはもう一度あの風景に出逢うため、あの風景を育むために、風たちと共に寄り添い、これからを想い続けていくのです。(三上 美保子)
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