IT関係の会社勤めを辞めて、本格的な木工作家としての道を歩み続ける夫の勇さん。ふとしたきっかけで、フェルト作家として創作活動にのめりこんだ妻の圭子さん。それぞれの足跡は違うものの、おふたりの人生の軌跡は、いつしか螺旋のように絡み合い、ひとつのいただきを目指して昇華しようとしています。
「子どものころから手先は器用なほうでした。何でもいじり、何でも作る。そんな体験もあって、会社勤めのころも、木のクラフト作りは続けていました」という勇さん。ウッディ関係の本に作品を発表したりしていた趣味の世界から、本格的な作家活動を始めた今では、大好きな木に向かって思考を巡らす毎日。朝、家を出て工房へ入ると、作品作りに取り組み、圭子さん手作りのお弁当を食べては、また制作に臨むそうです。ほとんど会社勤めのころと変わらない時間の経過ですが、自分の手で触り、形を作り上げるその仕事の内容は、パソコン相手では決して味わうことのできない醍醐味に満ち溢れているそうです。
「茨城は南限北限の土地で、木の種類も豊富です。作品は設計図を描くことはなく、日本の伝統工法で作りあげていきます」といいます。その作品はもちろん世界でひとつだけのものですが、勇さんのアイデアを書きとめた100冊以上のスケッチブックから生み出されたオリジナリティあふれる作品は、多くの家庭で愛用されています。
一方、2000年にフェルト作家に師事してから2年後に工房を立ち上げた圭子さんは、羊毛からフェルトを紡ぎ、素材を産み出すまでが大事な作業。そこから作品へとイメージを膨らませ、バッグや小物入れ、スカーフなどフェルトとは思えない作品に仕上げていきます。フェルトという柔らかな手触りの素材は温かさを十分に感じさせるものですが、圭子さんの作品にはセンシティブで懐かしい光景を思い起させる要素が加味されます。その魅力の一端でも学ぼうという女性たちが圭子さんのもとに集い、講習会や教室で、明日のフェルト作家を目指しています。
勇さん、圭子さんのコラボレーションによる作品も生まれています。勇さんの木の椅子の座面を彩るフェルトのクッション。ジオラマのような木工玩具のなかにアクセントを与えるフェルトの小道具。大きなものから小さなものまで、どれも夫妻のアイデアとユーモアが盛り込まれた作品です。
トレードオフの関係にある実用性と芸術性は、創作活動に対峙する作家たちが常に立ち向かう壁でもあります。そこに作家独自の心情を織り込むには、時として非情なまでの苦痛を伴うものです。しかし、江橋さん夫妻の姿には、互いのポジティブシンキングな回路が作用していることを垣間見せます。それが見る者に安心感と幸福感を与えるのでしょう。江橋さん夫妻の作品には、笠間工芸の丘の常設展示で出会うことができます。(前田)
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