第一話〜第十九話はゆたり出版の「かさまのうつわ」に再編集し収録されています。「かさまのうつわ」はネット通販、書店、販売協力店でお買い求めできます。詳しくは本とゆたりをご覧ください。
笠間の市街地にほど近い、住宅地と田園の境目を少し迷ってたどりついた阿部さんの自宅兼工房は、こじんまりとした平屋の一戸建て。
扉を開けてくれた阿部さんの足元からキジトラ模様のかわいい猫がのぞきます。
毎年ゴールデンウイークに開催される陶器市「笠間の陶炎祭(ひまつり)」に2012年、独立したての新人陶芸家たちが出店する“笠間のたまご”コーナーが設けられました。2013年、笠間のたまごコーナーに初出店した阿部慎太朗さん。静謐な雰囲気の、外国のお話に出てきそうな優雅さを醸し出す阿部さんの器は瞬く間に人気を集めました。
香川県出身で大学進学を機に上京した阿部さんは、その大学で陶芸と出会います。
「美術とは関係のない大学だったんですが、新入生のとき陶芸サークルの勧誘をしてきた先輩が面白かったのでちょっと部室を見に行ったんです」
そこで見たものが、今へと続く道の第一歩でした。
「部室で、焼き物の写真を見たんです。(自分の本棚から一冊抜いて)まさにこれなんですけど、曜変天目(ようへんてんもく※1)っていう国宝の茶碗。これを見て土に釉薬をかけて焼いただけでこんなすごいものになるのかって思ったんです。それで自分もやりたいと思って陶芸をはじめました」
それまで、陶芸にかかわったことはまったくなかった阿部さん。
たった18歳の少年が、国宝とはいえぱっと見には渋く、その良さがわかるには相当の目の保養と知識の蓄積が必要と思われる焼き物を見て激しく心をつかまれる。これは希少なことなのではないでしょうか。
大学時代は民芸調のもの、雑貨店に並ぶようなかわいらしいテイストのもの、そしてルーシーリーに影響を受けたろくろの物なども制作してきましたが現在は石膏型を用いた制作を中心としています。
鋳込みをする石膏型の制作では阿部さんの器の特徴でもあるふちの繊細な装飾も、完成品を反転させた模様として一つひとつ削っていきます。
「今は、ヨーロッパの絵画に出てくる器を参考に、そのデザインを現代の生活に合うように整理しなおして作っています。手仕事感が出すぎないように、でも大量生産のもののようにはならないように。陶芸の仕事のやり方にはいろんなスタンスがあると思うんですが、自分はどちらかというと設計して作るタイプなんです。器はずっと残るものなのでちゃんと詰めて作りたいです」
笠間に住むようになって3年目。大学の陶芸サークルではほぼ独学でしたが、卒業後笠間にある茨城県工業技術センター窯業指導所の釉薬科で学びます。
「窯業指導所で得たものは大きかったです。独学のときは理解できなかったゼーゲル式(※2)も使えるようになり、今とても役立っています」
阿部さんの代表的な器は磁器や半磁器の白い色の物。ひとくちに白といっても欧米の人の肌の色のようなしっとりした白から、青みがかった透明な白までさまざまです。
手にした人に、どんなふうに使ってほしいですか?
「自分の器は値段もそんなに高くないですし、普段使いしてほしいです。お客さんのなかに、たまに飾ってますとおっしゃる方もいらっしゃるんですけど、道具としてどんどん使ってもらえたらと思います」
器はもちろんのこと、県の芸術祭にも出品するなど意欲的な制作を続ける阿部さん。愛猫ごんざぶろうくんと暮らす工房から作り出される作品を心待ちにする人が、これからさらに増え続けそうです。
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オカエリ。喫茶室
そんな阿部さんの器を使ってのお料理を、水戸の「オカエリ。喫茶室」の植田真理子さんにお願いしました。
水戸市にあるウイスキー専門店「太萬川ヤSHIGE商店」の中にあるオカエリ。喫茶室。
すべて丁寧に手作りされたパスタ・パン・キッシュやスープ、そしてデザート。ランチのおいしさが評判を呼び、お昼時はあっという間に席が埋まる名店です。
お店の一角には植田さんお気に入りの笠間焼の器がディスプレイされており、その中に阿部さんのお皿もありました。
「阿部さんの器を初めてみたとき‘え、これ笠間焼なの?‘と思いました。人の手でつくったものなのに均等感があって、焼き物なのにピシッとした感じがすごいなって」
普段お店では海外メーカーの食器や木製プレートでランチを提供しているオカエリ。さんですが、今回は特別に、阿部さんの器にお料理を盛り付けていただきました。それはそれはかわいらしい、目にもおいしい彩りの前菜です。
「目の前にお出ししたとき、お客様の気持ちが「わあっ!」と上がるような盛り付けを心がけています。お皿の上で、非現実的なあそびをしている感じです。阿部さんのお皿はアンティーク感があって、それなのに高級すぎないところがいいですね。なにか特定のイメージや使い方に固められていなくて、自由さがある広がっていくカタチだと思います」
阿部さんの制作する上での思いは、言わずとも植田さんに伝わっているようです。
「今度はスープ皿のような、立体的な深皿もつくってみてほしいな」とほほ笑む植田さん。
使い手と作り手、そこに直接的な会話はなくともそれぞれが互いの思いをくみ取りながら制作も使い方も「広がって」いくのかもしれません。
(しばたあきこ)
※1 曜変天目→曜変天目茶碗。 中国で作られたものとされ、世界に現存するのは4点。そのすべてが日本にある。うち3点が国宝。阿部さんが目にしたのは 東京世田谷区の静嘉堂文庫美術館に収蔵されている天目茶碗だったそうです。
※2 ゼーゲル式→ドイツの科学者ゼーゲル(のちにベルリン王立磁器製陶所所長)が考案した釉薬の調合の割合がわかる式。釉薬の調整や、再現の足がかりになる。
茨城県水戸市栄町2-6-13|Tel.029-224-4300
営業時間|11:30-19:00
定休日|水曜~土曜(営業日に変更がある場合もあるのでブログ、またはお電話でご確認ください)
>ゆたり掲載記事はこちら http://www.yutari.jp/club/CafeRestaurant/cC111118.htm
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