第一話〜第十九話はゆたり出版の「かさまのうつわ」に再編集し収録されています。「かさまのうつわ」はネット通販、書店、販売協力店でお買い求めできます。詳しくは本とゆたりをご覧ください。
水泳、サッカー、剣道にボクシング…長嶺さんがこれまでやってきたスポーツをそのまま表したような太い腕を眺めながら、でも私が数年前の陶炎祭で一目ぼれした繊細なしのぎの器は、この手から生まれたのだなあと感嘆していました。
笠間には大きな窯元が現在8軒あり、その中でも最大手といえる向山窯には常に十数人の作り手が所属しています。この向山窯に長嶺さんが入ったのは19歳のときでした。
「松戸で高校生まで過し、卒業してから何かこれまでやったことのないことをやろうと思ったんです」。たまたま雑誌で目にした窯業指導所を目指すものの当時は推薦・紹介がないと入所は難しい時代。個人作家に弟子入りをするにも粘土を触ったこともない全くの未経験ということで、窯元で一から学ぶことに。「始めの2~3年は成形などはほとんどせず、窯詰め、窯出し、釉がけなどをしていました。そのあと2時間くらいろくろを触ってもいいよと言われ、その時間がだんだん増えていくという感じでした。窯元で働いているのは同年代の人が多かったので、先輩の作ったものが製品になってお客さんがそれを気に入って買っていく様子を見られたり、同じくらいに入った仲間が難しい仕事を任されているのを見て自分もがんばろうと思ったり、刺激になりました。とにかく技術がないと仕事を任されませんから、うまくなりたい一心でした」
次第に任される仕事も増え、指示に従って製品を作る日々を過ごした長嶺さん。12年目に、笠間の伝統工芸士(※)の試験を受け、見事認定されます。
「伝統工芸士の試験を受ける条件として、12年の経験が必要なんです。そして向山窯の社内で、12年目からは自分のオリジナルを製品化して販売してもいいという決まりもあり、自分にとって一つの節目だったと思います」
長嶺さんの作品はとろりとした白化粧の色と、器に斜めに走るしのぎが印象的。「もともと白化粧をやりたかった。なぜかというと、笠間の粘土って白くならないんです。でも食器として料理が映えるのが白。そしてお客さんに手に取ってもらいやすいのも白なので」。私が初めて見た長嶺さんの器も鉄釉の黒と、その縁を飾る白化粧のコントラストが美しいお皿でした。
「10人中8人に使いやすいと思ってもらえるものを作りたいと考えています。きれいな色や形もいいけれど、複雑すぎないシンプルなデザインで。作っている自分が良いと思うだけでなく、お客さんの提案も生かしてリクエストに応えるようなものを作りたい」と、どこまでも職人らしさを貫く長嶺さん。
伝統工芸士になってからもさらに10年間を向山窯で過し、2014年2月に独立しました。「特に意気込んでということではなく、自然な感じで独立を決めました。22年前はとにかく焼き物に触れて、焼き物をやってみようという気持ち。それから伝統工芸士になり、自分の名前で売ることも始め、少しずつ階段を上るように独立に向かったんです」
独立まで22年。昔はよくあることだったのかもしれませんが、今の笠間でそれだけ長きにわたって修業をするのは珍しいのではないでしょうか。22年間は長かったですか?との問いに「窯元にいたときは、長いなあと思っていました。でも独立してみて決して長い時間ではなかったと感じています。まだ、自分の中で完全ではない部分があって、そういうところに気付くたびにもっとやれることがあったのではないかと思うんです」との答え。
窯元の指示ではなく自分の考えでモノづくりができるようになって、今は自由を味わっているのではないでしょうか。「自由は自由なんですが、やはり器づくりにはルールはあって、そこを無視してはいけないと思うんです。とにかく使い手にとって何がいいかを考える。そのことを22年の間に叩き込まれたんです」
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Le poelon
水戸市泉町界隈にはしゃれた飲食店が軒を連ね、食事する店選びに事欠かきません。長嶺さんの器にお料理を盛ってくださるのはフレンチレストラン「ル・ポワロン」のシェフ野澤昌史さん。東京の料理専門学校を卒業後、都内や茨城県内で13年間の修業を積んだ野澤さんが奥さまの弘江さんと共にこの泉町にお店をオープンさせたのは2011年8月のことでした。
元は古い畳店だったという建物を改装した店内。程よく照明がおさえられ、深みのあるブラウンの天井や床、椅子に貼られた真紅のシートが落ち着く雰囲気を醸し出していてカジュアルな内装の店を見慣れた目にはかえって新鮮に映ります。そして店内のこの空気を作っているのは、まだ30代の若いお二人なのです。
「シェフが、長嶺さんの器を拝見してからとても楽しんで創作いたしました」と弘江さんがおっしゃる今回のお料理。「土の味わいが感じられる陶器なので、お料理は大地からの芽吹きをイメージしました」。確かにお皿の上に土から芽吹く野菜の新鮮な輝きが表現されています。大地の部分はブラックオリーブ、イカスミ入りのパン粉など。そこに美しい赤い色を添えているのがラディッシュと仔鴨のロースト。「長嶺さんの器はほっとするような色合いがいいですね。いつも使っている白いお皿は例えるなら白いキャンバスです。そこに、料理やソースで色を付けていきます。でも今回はお皿を中心に考え、お皿に寄り添った料理を考案しました」とシェフ。「デザートも、笠間焼に合わせて色を増やさずおさえた感じにしてみました」。鉄釉の鈍く光る黒に生えるヌガーグラッセの白。ホワイトチョコが雪のように降りかかっていて印象的です。
普段はシェフが料理全般を、弘江さんが接客・配膳・料理の説明などのホールサービスを担当。弘江さんはソムリエの資格も持っています。
「元々は美容師をしていました。シェフに出会ってからいつか一緒にお店を出したいという夢を持つようになり、料理やワインの勉強を始めたんです。ソムリエの資格は結婚や出産などをはさんで10年かけてとりました」
昌史さんの作る、目も舌も楽しませてくれるお料理と弘江さんの控えめでありながら温かな接客。開店して4年目を迎えるル・ポワロンは、多くのファンの心をつかんでいます。「いつも来てくださるお客さまでも、その方のバックグラウンドまでは分かりませんが、ここにいらした時どんなものを食べたいのかは分かる、そんな関係でありたいです。客席同士が近いですが、その距離を気持ちよく保てる公共性を意識してサービスすることを心がけています」
シェフの作る料理にしても、弘江さんの静かな口調で語られるサービスの考え方にしても、お二人の夢だった店を形作る、強い信念が感じられます。(しばた あきこ)
※伝統工芸品などを製造する職人の技術・知識を認定する資格。伝統的工芸品産業振興協会が試験を行っており、伝産法に基づく国家資格ともいえる。
茨城県水戸市泉町2丁目2-35|Tel&Fax.029-231-4787
営業時間|11:30〜15:00 (L.O. 14:00)
18:00〜22:00 (L.O. 21:00/コースのL.O.は20:30)
定休日|日曜日 他不定休あり
HP|http://www.le-poelon.com
>ゆたり掲載記事はこちら http://www.yutari.jp/club/CafeRestaurant/cC120214.htm
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