第一話〜第十九話はゆたり出版の「かさまのうつわ」に再編集し収録されています。「かさまのうつわ」はネット通販、書店、販売協力店でお買い求めできます。詳しくは本とゆたりをご覧ください。
2014年の「笠間の陶炎祭(ひまつり)」。昼過ぎの会場で、一つのカップに目が留まりました。おおらかなしのぎが施され、深い飴釉が太陽の光を照り返しています。手に取ると見た目の重厚感に反してすっと軽く持ち上がり、内側の深い茶色が何かしらほっとさせてくれる表情。
陶器市の良さの一つに、その器の作者への興味がすぐに満たされることがあります。ブースの奥をのぞくと、作者は遅い昼食の最中。まげわっぱのお弁当箱から召し上がっていたことに驚きを覚えました。なぜなら陶炎祭は、笠間で最大の陶器市。大量の器の仕上げから梱包、会場のディスプレイに接客…と、やることは無限にあり不眠不休に近い期間を過ごしているはず。そんな中、きちんと詰められたお弁当箱から箸づかいも美しくお昼を摂る姿に、生活の規則正しさを感じたのです。
半年後、お会いすることができた数納さんにお弁当のことをまず聞いてみると「ああ、あれは手作りです。でもたいしたおかずは入れていませんよ(笑)」
出身は東京都。「一度はサラリーマンになったのですが、どうしても写真を学びたくて、22歳から2年間美術専門学校に通いました」。そして休日に趣味の美術館・博物館巡りをする中、土の博物館で長次郎の楽茶碗に出会います。「歴史小説を読むと茶碗一つが一国に値するなんていう内容もありますよね。どうして茶碗にそんな価値があるのかと思っていましたが、実際に見て、ものすごい存在感に圧倒されました」。そこから陶芸に心が向きます。
あるとき求人情報誌で千葉の陶芸教室の助手募集を目にします。「陶芸に触れてみたいと応募したら、なぜかまったくの未経験者のぼくだけが受かってしまって」、こちらで助手として3年間を過します。「先生は面白い方でした。ろくろは電動じゃなくて蹴ろくろ(※)を使わせるんです。そして普段はガス窯と電気窯で焼成するのですが、年に2回益子の登り窯で窯焚きをする経験もさせてもらいました」
先生が高齢になり、教室を閉めるか数納さんが継ぐか、という話になったというのですからとても腕のいい助手であったに違いありません。
結局教室は継がず、笠間の窯業指導所を経て高野利明氏のもとに学び、2013年に独立。
「独立といっても現在の工房にしばらくは窯がなかったもので、窯が届くまでの間20分くらい離れた場所にある貸窯までバイクで通っていました。荷台に箱詰めした作品をたくさん積んで」。さらりと言う数納さんですが、工房から貸窯までは未舗装の細道で相当ハードだったはず。
そしてそんな数納さんの作る飴釉のカップは、そこから物語が始まりそうな雰囲気と温かみを備えています。一方で灰釉の方口などは繊細な形に渋い釉、渋味のある粉引など、作風は様々です。
勤め人から写真家を志し、陶芸教室の助手、そして陶芸家となり、貸窯へバイク通い…。決して単調ではない経験の数々が、数納さんの器の多彩な表情に繋がっているようです。
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CloudNine(クラウドナイン)
つくば市の桜土浦インターから5分ほどの住宅街にあるカフェサロン・アートギャラリー・クラウドナイン。長らく人の入らなかったその蔵造りの建物を5年前にカフェ・ギャラリーによみがえらせたのが浅川和哉さんです。
「ここは昔、私が祖父母と寝起きしていた建物なんです。親が仕事で忙しかったので、おじいちゃんおばあちゃん子でした。母屋は別にあって、ここは老夫婦の離れ。この辺では『までや』って呼ぶんですけどね」。大学生くらいまで暮らし、その後は長らく物置となっていたそう。
「2004年に祖父が倒れて、看病で病院に詰めながらいろいろ考え事をしたのですが、祖父と暮らしたまでやが物置になったままでは申し訳ないなって」。病室で図面を書くなどして蔵の改装計画を練り、2010年クラウドナインをオープンさせます。
一階はカウンターとテーブルのある落ち着いた雰囲気のカフェ。そして、おじいさまたちと寝起きしていた2階はレンタルギャラリーに生まれ変わりました。
つくば市の職員だった浅川さんは、もともと芸術関係のことが好きで、市の職員時代は文化プロジェクトなどに関わってきたといいます。「この店も、若い作家の発表の場になったり、作り手と使い手が繋がる場所になってほしいと『サロン』の一言を添えました」。店内には絵画をはじめ写真・陶器・縫製・ジュエリーなど様々な分野の作品が展示販売されています。
2011年には、数納さん他4人の陶芸作家の展示が開催されました。「数納さんの器は前から気に入っていて、小鉢をいくつか買い取り、店にも展示してあるんですよ」
今回は特別に、数納さんの器に浅川さん自慢のコチュジャンビーフカレーを盛り付けていただきました。「数納さんの器は、いいですね!まず素朴さがいい。シンプルで、親しみやすいと思います」
カレーに添えられた木製のカトラリーは、クラウドナインオリジナルのもの。陶器と触れ合う音もやさしく、そこに浅川さんの器への愛情を感じます。コチュジャンが隠し味のカレーは深い甘味の後にピリッと辛さがやってくる、またすぐに食べたくなるおいしさ。家庭菜園などで採った新鮮な野菜サラダは、しゃりしゃりとした歯応え。
「今後も数納さんのような若い作家にどんどん集まってほしいし、紹介していきたいですね。2階のギャラリーは、学生のアーティストにはタダで貸すよって言っているんです(笑)」。人を引きつける笑顔の浅川さん。子供のころ寝起きした懐かしい蔵でおいしい料理を振る舞いながら、新しい人の輪を繋げています。お店の完成を見ることのなかったおじいさまも、生まれ変わった「までや」の賑わいを喜んでいるのではないでしょうか。(しばたあきこ)
※駆動用の円盤のふちを蹴って回すろくろ。
茨城県つくば市大角豆(ささぎ)945|Tel.029-898-9019
営業時間|10:00〜(ギャラリーは20時まで)、カフェは不定(パーティー・ご宴会は最大21時まで)
定休日|木曜
>ゆたり掲載記事はこちら http://www.yutari.jp/club/GalleryArt/cG130716_02.htm
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