第一話〜第十九話はゆたり出版の「かさまのうつわ」に再編集し収録されています。「かさまのうつわ」はネット通販、書店、販売協力店でお買い求めできます。詳しくは本とゆたりをご覧ください。
シモヤさんの工房に初めて伺ったのは、翌日から東京で始まる個展を前にその準備に大忙しのとき。次におじゃましたのは、徹夜の作業の後でした。
「独立したてのときは陶芸のほかにアルバイトもしなければ生活していけなかったけれど、今は陶芸だけでやっていけるようになってきて。おかげさまでとても忙しい毎日です」。個展、ギャラリーへの納品、個人のお客様からの注文に応えるため、フル回転しているシモヤさんですが、陶芸家としてのスタートは決して早くはありませんでした。
生まれは岩手県盛岡市。小学校3年のときに東京に引っ越し、高校までを過します。卒業するとき特にやりたいことが見つからず、会社員になりましたがほどなく退社。アルバイトなどをしているうちに、出版に関わってみたいという気持ちが芽生えます。「昼はバイトをしながら、夜は出版に関する企画構成からカメラ、デザインまでを教えてくれる学校に通いました」。コースを一通り終えて感じたのは「デザインが一番楽しい」ということ。そこで22歳のときデザインを本格的に学ぼうと、金沢にあったキディ学園金沢国際デザイン研究所(KIDI)に入ります。「親には頼れないのでバイトで貯めた資金を使いました。なぜ金沢かと言うと、東京だと遊んでしまいそうだったから(笑)。その学校ではグラフィック全般の勉強をしました。当時まだ普及していなかったMacが一人一台使えたり、その後も役に立つさまざまなことが学べました」
お家の都合で再び東京に戻ったシモヤさんは、デザイン事務所に就職。大手出版社の新雑誌の立ち上げに関わったり、書籍のデザインをしたりそれはそれは多忙な日々だったそう。
そんな生活のなかで、陶芸とはどうやって出会ったのでしょうか。
「実は、20歳のときから数年間陶芸教室に通っていたんです。きっかけは、高校の修学旅行で行った京都で陶芸体験をしたこと。楽しくて楽しくて忘れられなかったんです」。そう言って取り出してくれた翡翠色の鉢。「その時の作品です。てびねりでラーメン丼を作ったつもりが浅い鉢になってしまって(笑)。亀裂が入り、汁物は入れられません。でも今でも大事に使っています」。シモヤさんに忘れられない楽しさを残した、記念すべき最初の陶芸作品。使い込まれ貫入(かんにゅう)が入り、唯一無二の存在感がありました。
「20代で始めた陶芸教室では、仕事のない土日に行って、朝の9時から教室の終わる17時までずっと電動ろくろの前に座っていました」。食事をとる間ももどかしいくらいだったということからもその熱中ぶりが伺えます。
「10時と3時に、お母さん世代の生徒さんから『お茶にしましょうよ』って声をかけてもらうんですが、ろくろから離れたくなくて『今お腹いっぱいなんです』って答えたりしていました。
仕事の忙しさに中断していた陶芸を、30代で再開。30歳でフリーランスのデザイナーになり、仕事の量をコントロールできるようになってきたため、また陶芸をと、伊豆の陶芸家の望月集さんが主催する工房に通い始めました。「再び始めてみたらもう楽しくて止まらなくなってしまって。その教室でわかったことが、陶芸を仕事にすることができるということ。それまで、職業として陶芸ができるなんて知らなかったのですが、スタッフの方を見ていると、自分の作品を作りながら先生をやっていたり。そんなやり方もあるんだなと思い、陶芸を自分の仕事にすることを意識し始めたんです」
そしてシモヤさんが目を向けたのが笠間の窯業指導所でした。
「指導所に入るための面接のとき『デザイナーのままでいたほうが収入の面で比べ物にならないくらいいいよ』って言われて『それでもやりたいです』と言ったら『じゃあ今年ダメだったらまた来年も来る?』と聞かれました」。シモヤさんの答えは「もちろん来ます」。年齢的には周りの新入生よりも上でしたが、その熱意が伝わって窯業指導所に入所。途中、2年あまりの間、額賀章夫さんの工房のスタッフとして働きながら、2008年に成形科、2011年に釉薬科を修了。2012年に陶芸家として独立しました。
シモヤさんの作る器は、マットな白の釉薬が生える無地のもの、繊細な稜線のしのぎを施したもの、またハニカム状の波面取り、ふるえるような線で不規則なしのぎをほどこした「さざなみ」などが代表的なものです。
「土は笠間の土をブレンドしたものを使っています。笠間にいるのだから笠間のものを使いたいというのと、笠間の土が私の釉薬の発色が一番きれいだと感じるからです」。シモヤさんの器を手で包み込むと、シックな白の釉薬にてのひらがしっとりと吸い付くような感覚をおぼえます。「釉薬も調合するものによっていろいろなのですが、わたしは基礎釉(※)だけを使っています」
その一見シンプルな釉薬も数えきれないくらいの実験を重ねて生み出したもの。配合する釉薬の量を数グラムずつ小刻みに変え、それがどう発色するのかをテストしてグラフにまとめ、よりよい結果が出たグラム数の範囲をさらに絞って実験を繰り返す…。「あまり細かくやりすぎだって先生に言われました(笑)」
「作業の中で何より好きなのが彫りです」と言って、実際目の前でしのぎの作業を見せてくれたシモヤさん。「普通のしのぎはこんな感じ。さざなみは、こうやってアトランダムに線を変えていくんです」と楽しげに輪ガンナを持つ手を動かします。
「でも、やりすぎると手を痛めてしまうので気を付けています。ろくろの前に座るのも、一日6時間までって決めてやらないと精度が落ちてしまう」。一日6時間まで。そう決めないとどこまでも、作業に没頭してしまうというシモヤさん。作陶への姿勢は、陶芸教室で一日中ろくろに集中していたころと全く変わっていないようです。
「いま私が作っているのは、この釉薬のものがほとんどです。私は、買い足せる器を作りたい。毎日使ってもらって、割ってしまったり、この器がもうちょっとほしいと思ったりした時に同じものを求めてもらえるように、定番を作り続けたいんです。私は新作をどんどん発表するタイプではないし、自分らしさ、というのもよくわからないのですが、日々の生活の中で飽きずに使いたいと思ってもらえる物を作りたいです」。『自分らしさを表すことはよくわからない』というシモヤさんですが、先日デザイナー時代にお世話になっていた方が初めてシモヤさんが作った器をご覧になって一言「すごい!シモヤんらしいね」と言ってくれたことがとても嬉しかったそうです。
飯碗ならS・M・Lと、子供から成人男性までを想定したサイズをそろえ、丸みのあるシルエットにこだわりながらも高台は手の入りやすい高さを保つ。マグカップならハンドルの持ちやすさを追求し、湯飲みはほかのアイテムより厚みをもたせて仕上げる。見た目の美しさと共に、使い勝手のデザインにも手を抜かず、そこに長年携わってきたデザイナーとしての目線を感じます。
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blackbird
水戸市の中心街に店を構えるイタリアンレストラン、trattoria blackbird(トラットリア ブラックバード)。オーナーシェフの沼田健一さんが毎朝市場から仕入れてくる新鮮な食材を使った料理・本場のワインやチーズ・店の入り口に設けられた立ち飲みカウンターで味わうバール気分と会話を求めて多くの人が立ち寄る人気店です。今回は沼田さんに、シモヤさんの器に合うお料理を作っていただきました。
「今日はアサリとキノコのリゾットに、タカベのソテーを載せました。オリーブオイルとカラスミの粉を振っています。スープはとうもろこしの冷たいポタージュ。とうもろこしの芯からもいいダシがでるんです」
こんがりと香ばしく皮目に焼き色のついたタカベ。白身魚のやさしい味に、「タカベからとった控えめなダシ」の味のリゾットが深みを添えます。マットな白のお皿とつややかなリゾットの光のコントラストがとてもきれい。
実は以前は陶器にあまり興味がなかったという沼田さん。少しアメリカンテイストのPOPなもの、ほっこりしすぎないとんがったもののほうが好きだったそうです。「それが数年前から少しずつ変わってきました。お店に物づくりに携わる方が来てくれるようになって、その中に陶芸家の方たちもいて、そういう方たちの器を見る機会が増えました。これまでずっと白の業務用の食器を使っていましたが、あるとき益子の鈴木稔さんの器に料理を盛り付ける機会があって、それがものすごく素敵だった。それまではモノとしてしか見ていなかった食器が、人ごとではないというか、自分の一部のように感じられたんです」
シモヤさんの器は、見る機会は多くありましたが実際に使うのは初めての沼田さん。
「はじめはもっと色味のある料理にしようかと思ったのですが、器のシックさに合わせてみました。シモヤさんの器は、とてもバランスがいい。華美ではなくストイックな感じ、音楽でいうとインストゥルメンタル(※器楽曲。歌の入っていない音楽)のよう。一見なんでもないようでいてものすごく素敵だと思います」
器を音楽にたとえるとは、ご自身も楽器を奏でバンドで演奏する沼田さんならでは。
「そして、こういうシンプルな器を求めるマーケットがあるということも、とてもいいと思います」。これからもっと、陶器を使っていきたいという沼田さん。「店で陶器を使うと、お客さんに誰の器?どこで売っているの?と聞かれますよね。そんなときに取り出して見せられるようなカタログを置きたいと思ったり、いろいろ考えているところです」
お店で使うとなれば大切なのは器の強度。忙しく洗ったり重ねたりするなかで欠けにくいことは重要です。そして、シモヤさんのように定番がいつも手に入るということも大切なのではないでしょうか。
(しばたあきこ)
※釉薬は基礎の釉薬+金属でさまざまな色を出していく。シモヤさんはその基礎となる釉薬を使用している
茨城県水戸市南町3-5-3|Tel&Fax.029-224-5895
営業時間|ランチ 11:30 – 15:00(14:00 LO)
ディナー 18:00 – 23:00(22:00 LO)
定休日|日曜日(その他不定休等はブログにてお知らせします)
>blackbird http://blackbird-mito.com/category/about
>ゆたり掲載記事はこちら http://www.yutari.jp/club/CafeRestaurant/cC090422.htm
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