ご利用規約プライバシーポリシー運営会社お問い合わせサイトマップRSS

「ジブンらしくツナガルくらし」はゆたり出版の「ゆたり文庫 地方に暮らす。シリーズ01 地方とわたしとつながる世界」に再編集し収録されています。書籍はネット通販、書店、販売協力店でお買い求めできます。詳しくは本とゆたりをご覧ください。


[地方に暮らす。[里美編]] 記事数:8

< 次の記事 | 前の記事 >


|第三話|暮らしを彩る「楽しさ」の魔法

このエントリーをはてなブックマークに追加



 まだ、里美地区が金木犀の香りに包まれていた秋のある夜。私は同地区の最北部に位置する里川町へと車を走らせていました。曲がりくねる細い山道の先を抜けてたどり着いた集落に浮かび上がる家々の灯り。そこから放たれる暮らしの温度に心が和らぐのを感じながらたどり着いた一軒の家。
 「こんばんは、いらっしゃい」と温かく迎え入れてくれたのは里美地区で林業を営む佐藤健一さん(58)、幸子さん(58)ご夫婦です。キッチンから小さく流れる音楽と温かいカフェオレ。協力隊として地域を巡っていると、このように地域の方の家に上がらせてもらうことがよくあるのですが、その度に各家庭が醸し出す、地域での暮らしが滲み出るような雰囲気にほっこりしてしまいます。「暮らしの呼吸」というのでしょうか、人だけでなく家そのものが息をしているような、人々に寄り添い、暮らしを見つめてきた家のおしゃべりが聞こえてきそうな独特の空気。そんな空気に居心地の良さを感じながら、佐藤さんご夫妻の地域での暮らしについてお話を伺いました。



そこにあるものから創り出す力

 旦那さんの健一さんは、生まれも育ちも里美地区里川町という生粋の地元人。
 「里川町は里美地区の中でも、他の町会と離れた場所にあるから小学校の児童の数も他よりも少なくて、せいぜい70名程度ではあったんだけど、地域にあるものを活かしてその時その時で楽しみを創りだして遊んで過ごしたんだ。」と幼少期のことをお話してくださいました。里美地区で暮らしていると、地域の人たちが、生活に必要なものをなんでも自分たちの手で創り出してしまうことに驚かされるのですが、その創造力の根っこにはこのような幼少期の体験も影響しているのではないかとお話を聞きながらそんなことを考えました。
 小学校卒業後から大学を卒業するまでの約10年の間、地域を離れていた健一さんですが、大学4年生の秋に父親の突然の訃報を受けて家業を継ぐために里美地区に戻り、それからずっと林業に携わってきたそうです。林業を始めた最初の三年くらいの間は苦戦することも多く、山に飲まれてしまうような感覚を覚えることが多かったそうですが、同じように林業を営む地域の方々や地元の森林組合に助けられて、少しずつ山仕事にも慣れていったそうです。
 「どうせなら楽しく生きることだね。いろんなことがあるけれど、流したり、受け止めたりを繰り返して、人と交わりながら生きていく。それが大事なのかな」。快活に笑いながらもそうお話をしてくれた健一さんの言葉には、力強さが感じられました。






まずは自分から、そしてみんなで

 一方、奥さんの幸子さんは、山形県山形市の出身で27歳の時に里美にお嫁に来たそうです。
 「きっかけはお見合いだったんだけれどね、健ちゃんの人柄に触れてここに来るって決めたの。でもね、実際に来てみてからわかったことがいっぱいあって、田舎の嫁さんの現実の厳しさも見えたりもしたかな。最初の10年はね、空が狭く見えたこともよくあったのよ」
 いつも明るく笑顔の絶えない幸子さんの口から、そんな言葉がこぼれたのがとても印象的でした。でも、世の中の人の数だけ生き方があり、一人一人のいろいろな感情や想いが複雑に交差しながら織りなされて日々の暮らしがあるだと、改めて感じることができた瞬間でもありました。それは、地方にいても都市部にいても変わらないと思うのですが、自分以外の他の人と腰を据えて向き合い、その暮らしの奥までのぞかせてもらえるのが地方ならではの人との関わり方なのではないかと私自身もこの3年間で考えるようになりました。
 お嫁に来てからの暮らしのことを聞いている際に、「空が広く見えるようになった転機はいつからですか?」と尋ねてみたところ、「子どもが生まれてからかな。子どもが生まれたらそんなことを言っていられないような毎日があって、3人の子育てと林家の嫁の日々の生活に追われながらも、その中で地域の仲間ができていったの。特に里川町はこういう地域だからね、みんなでいろんなことをやってきたかな」という返事が返ってきました。
 里川町の地域のつながりの強さ。それはここの地域に足繁く通っている私自身も強く認識していることでした。お二人の住んでいる里川町は、里美地区内の町会の中でも一つだけ離れた場所にあるため、昔から地域の人々は支えあって生活をしていました。もちろん他の里美地区の方も皆仲良く支えあって暮らしているのですが、里川町の地域の絆の深さは特に目を引くものがあり、イベントや祭事といった地域行事から旅行や新年会といったプライベートなことまでも地域間で行っています。
 その秘訣は、「楽しくあること」。里川町の地域の方は、「地域をどうするか。」「地域おこしをしよう!」という意識でこのような活動を行っているのではなく、自分たちが暮らしの中でどうしたら楽しく過ごせるのかということを常に考えているのだそうです。「自分が楽しいことを考えて何かをやってみようとしたとき、そこにいろんな人がいたほうがもっと楽しくなるでしょう」。飾らないシンプルなそのセリフの中に、ギュッと大切なことが詰まっていて、幸子さんの話す一言一言を噛みしめながらお話を聞きました。






つながるわくわくが広がって

 地域で林業を営む健一さん、幸子さん夫妻は、仕事以外の地域活動の一環でも森林活動に携わっています。それが、「百年の杜づくり活動」です。これは、平成15年から里美地区で始まった取り組みで、百年後の未来に広葉樹の森を残したいというコンセプトをもとに、年に2~3回地域内外から多くの人たちに参加してもらって、植樹した土地の下刈り作業や遊歩道づくりなどを行っています。その会長を務めている健一さんの活動を見て、仕事とはまた違った形の林業に楽しさを感じた幸子さんも参加するようになりました。
 参加者の男性陣が下刈りを行っている間、女性陣は植林し成長した柏の葉を使って参加者分の柏餅を作ります。その数なんと600個。これもまた、せっかく柏の木を植樹したのだから柏餅でも作ってみようと、わくわくする気持ちから生まれたものなのだとお二人はお話してくれました。
 「この活動は、これまでとは違って損得抜きでみんなで地域貢献できるきっかけになったね」
と健一さんはお話をしてくれました。平成15年から始まったこの活動も今年で10年目。次世代のために森林を守る取り組みと森の恵みを感じられる柏餅づくり。毎年行われるこのユニークな森林活動は、今ではすっかり里美の風物詩にもなりました。





 後に、これからの暮らしについてお二人にお尋ねしてみたところ、「子育てが終わって山とのかかわりも、もういいかなと思いながらも山のことを考えていく中で、奥行きを知ることができるんだ。だからまだまだ歩き続けるしかない。それが生きることなのかなと思うよ。そんな感じでこれからも暮らしていくのかな」とお話してくれました。これまでのお二人との会話の中から、地域や自然に寄り添いながらの暮らしは、どうにもならないことさえも受け入れながらも楽しく生きる力を養ってくれるのだというメッセージを受け取ったような気がしました。
(Relier里美支部・笹川貴吏子)


<次の記事を見る
<前の記事へ戻る


ページの先頭に戻る▲

[地方に暮らす。[里美編]] 記事数:8

< 次の記事 | 前の記事 >

新着情報

» 地方に暮らす。[里美編]
» カテゴリ



「ゆたり」は時の広告社の登録商標です。
(登録第5290824号)