家の周りの田んぼに水が入り、田植えが着々と進められている今日この頃。日中には苗が小さい今だけ、きらきら光を跳ね返す田んぼの水面を眺め、夜には静かな町に響き渡るかえるの合唱に耳を傾けます。田植えが始まると、それまでなんだか空気が乾いて埃っぽかった春先から一転し、水を含んだ爽やかな風が流れ、緑が青々とした清々しい新緑の季節に。一年で一番過ごしやすく心地よい、ほんの僅かな時季だなと思います。
梅雨を迎える僅かなこの気候の良い時季に、昔から日本では夏の準備をしたものでした。我が家でも米や豆などの穀物や、冬から残って食べきれない乾物類などは虫が出ないように干したり、衣替えをしたり、せっせとお天道様の力を借りて家の中の空気をひっくり返すような気分で整理をしながら天日干しをしています。
衣替えと言えばさかのぼると平安時代の頃から始まった習慣で、当時は「更衣」と言われ、4月1日と10月1日に夏服と冬服を着替える日という宮中行事になっていたということ。夏装束と冬装束が定められていた他、女房(=貴婦人)が手に持つ扇も、冬は桧扇(ひおうぎ:ヒノキ製の扇)、夏は蝙蝠(かわほり:紙と竹製の扇)と定められていました。平安時代から鎌倉時代に入ると、「更衣」は衣服だけでなく、調度品まで替えられていたそうです。今の私たちの暮らしから考えるとなんだかおおげさで贅沢なようにも見えますが、夏は高温多湿、冬は寒くて乾燥するこの国の季節の変化に対応した暮らしの知恵なのだとも思えます。四季の移り変わりがある日本においてこの「更衣」の習慣は定着し、洋服が広まっていく明治期以降は国家公務員の制服、やがては学生の制服を夏服から冬服、または冬服から夏服に替える日として6月1日と10月1日は衣替えの日と定められたのでした。
現在、衣替えの風習は以前ほど厳密なものではなくなっていますが、夏服に着替えた軽やかさをあらわす夏の季語として、俳句では今日でも好んで用いられているというのがとても風流で日本らしさが感じられるのがいいなと思いませんか?
便利なもので日々を何気なく過ごしてしまうよりも、この季節の移り変わりを味わいながら、肌で感じながらいつもの暮らしにちょっとした手を掛けてあげるのも、それもまた愉しみになるのではないかと、干したものをひとつひとつしまいながらふと思うものでした。
平安時代の宮廷行事として行われた衣替え。単に体温調節や健康管理のために行うのではなく、四季の変化を愛でるという目的で行われたということもあるそうです。そんな衣替えですから、その後も四季の変化を楽しむという目的は残り続け、特に着物においては現代でもそんな傾向が強いのです。着物を着る際は、こうした感覚を大切にして着こなしたいものですね。
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