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[ましこのうつわ] 記事数:7

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第三話 西丸太郎さん 下永久美子さん

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 器の底に光るきらきら星。そこをめがけてゆっくりと流れ止まった釉薬が、星空を囲む森を思わせます。細やかに施された象嵌の星空を作ったのは西丸太郎さん。白地に彩りも美しいオカメインコ・クリオネなどのモチーフが楽しげに踊るデザートカップの作者は下永久美子さん。心楽しくなる器を作るご夫妻に会いに、益子に出かけました。
 陶芸家の工房にお邪魔するとき、それはたいてい静かな山奥に分け入った場所にあり、道に迷いながらたどり着くことが多いのですが、お二人が暮らす住居兼工房は車通りの多い道路に面していました。以前はお好み焼き屋だった建物にお住まいだとは伺っていたのですが、玄関前に本当に「お好み焼き」という看板が立つ建物。がらがらと引き戸を開けると営業していたときそのままのカウンターに小上がりが目に入ります。そのカウンターの内側に、厨房・シャワールーム・そして電気窯が!





 茨城県出身の西丸さん。大学を卒業してしばらく進路を決めかねていたある日、陶芸道具を茨城から千葉の陶芸教室に届ける手伝いをしたところから、突然陶芸漬けの日々が始まります。「教室のオーナーが、僕が何もしていないと知って、じゃあ明日から手伝いに来てよと」。翌日から実際に手伝いに行き、初日は掃除の仕方などを教えられて終了。そしてなんと二日目から「じゃあ焼いてみて」と言われ、いきなりの窯焚きをしたのだそう。「まったく知識がなかったのに、その日から100人ほどの生徒さんたちの作品の窯詰め・素焼きや本焼き・窯出しの日々です。ガス窯がひとつと電気窯が4つあって毎日毎日窯焚き。ハードでした」。初めての本焼きでは、釉掛けの済んだ器を素焼き(※1)のように重ねて焼いてしまって失敗したというエピソードも。「先生に、本焼きは重ねちゃいけないって言っとけばよかったと言われた」というくらい、ゼロからのスタートでした。
 「ろくろは生徒さんたちが帰った後窯焚きをしていて、その時に始めました。毎日大量の作品を窯に詰めていると、「これはいい」とか「ここもうちょっと削れるな」と触った感じからわかるようになってくるんです。でも実際に作ってみたら全然できなくて。作りを始めると、ますます窯詰め窯出しの時、意識して人の作品を見るようになりました。結局その教室でしっかり習ったのは、湯呑みの作り方だけ。あとは全部独学だった。でも、結局は生徒さん全員がぼくの先生だったと思うんです。いろんな人にいろんなことをたくさん教えてもらいました」





 そんな西丸さんがパートナーの下永久美子さんと出会ったのが、益子でした。
 東京でOLをしながら陶芸教室に通っていた下永さん。「その教室が、毎年益子陶芸倶楽部(※2)で合宿をしていたんです」。2007年に窯を作るワークショップで出会ったお二人は2009年2月、結婚を機に益子に居を構え作陶を本格的にスタートさせます。
 「そしてまたいきなりなんですが、その年の春の陶器市に二人で出店できることになって」。研修生として所属することになった益子陶芸倶楽部(※2)の勧めで益子陶器市城内坂デビュー。「運がよかったんです。いつも人に恵まれていて」
 下永さんは、今までずっと、自分のことを陶芸家ということにためらいがあったと言います。「誰かについて修行したわけでもなかったし指導所を出たわけでもなかった。でも今年(2016年)で陶芸の仕事をはじめて8年目。OLだった7年を超えたので、やっと陶芸家と名乗ってもいいのかなという気がしてきたところです」
 一方、西丸さんは、「ぼくは塾の講師の仕事もしています。もしかしたらプロっていうのはそれ一本でやっている人のことかもしれない。でも、ぼくは自分が何かということを決めてしまわなくていいんじゃないかと思います。陶芸家と塾の先生と、切り替えながら二つの人生を生きている感じです」
 二年ほど前から西丸さんを中心に、益子の若手作家数人が共同で定期的に行っているのがソーダ窯焚き(※3)。
西丸さん:「薪窯にソーダを入れると、貫入の入り方や色味など作品に予想のつかない変化が生まれるんです」
下永さん:「いつもは酸化焼成(※4)しているものもソーダ窯では還元(※5)をかけるので、同じ釉薬を使っても色味がかわって面白いんですよ」





 下永さんの器に踊っている陸や海の生物たち、これまでに作ったモチーフは200種類以上。動物園に行って作りたい動物をじっくり観察してから石膏で型を起こし、それらは器以外にもピンバッジになって人々の胸元を飾ります。
下永さん:「もとは太郎さんがバッジを収集していたので、このモチーフもバッジにしようかということになったんです」
西丸さん:「久美子の親が昔使っていたタイプライターの活字の中の星形を今は使っています(象嵌の器の星型について)」と、お互いとの関係の中から代表作が生まれていることがわかります。





 お話しを伺っている間中ずっと、玄関の方からごそごそと大きな音がしているのが気になり伺ってみると「陸ガメのたけおです」と西丸さん。
 たけお(メス)は、なんと西丸さんが庭で拾ってきた迷い亀で、警察に届けるも飼い主が現れずそのまま飼うことになったのだそう。毎朝40度くらいのお風呂に入れて歯ブラシで甲羅を洗ってやり、庭でお散歩させて草を食べさせて…と30分くらいかけて世話をするのは西丸さん。「この工房の気温が10度くらいに冷え込んでも、たけおの飼育ケースの中だけは28度に保たれているんです(笑)」と下永さんが説明してくれました。
 ケージから出されたたけおはまっしぐらに西丸さんに突進していき甘えるように足元にすり寄っています。そのほか、二階には二匹の猫、エビやメダカなどたくさんの生き物がお二人と同居。生き物が与えてくれる楽しさが下永さんの器に映しこまれているよう。生き物以外にも、機関車や気球などのモチーフも。「気球も機関車も益子で見た後に作りました。わたしは自由に作っているので、使う方にも自由に使っていただけたら嬉しいです」と下永さんは話します。
 そしてとても薄くて繊細な作りの西丸さんの器。星の象嵌のほかにも、宇宙を思わせるような深いブルーの釉薬の器も。「どんどん普段使いしてもらえたら」と西丸さん。お二人の器には、今住んでいる益子の風景や星空、共に暮らす生き物たちとの楽しさがそのまま映しこまれているようです。








CAFÉ 黒猫館





 お二人の器が使用・販売されている、真岡の「CAFÉ 黒猫館」。
オープンは7年前。店主の田中智昭さんが、東京でしていたアニメーターのお仕事を辞め、地元茂木に帰ってきてお友達と始めたお店です。
店内はほっとするウッディなカウンターに、什器の棚や机・インテリアもどこかレトロで懐かしい雰囲気。「物づくりが好きで、内装もほとんど全て自分でやりました。アルプスの少女ハイジみたいな作りにしたくて(笑)」
 黒猫館のこの日のランチは野菜たっぷりの、品数じつに8種類の充実プレート。「本日の黒猫ごはん」に使用されている野菜の多くは自家製、また地域の生産者の方の有機野菜などとのこと。ランチもデザートもすべて田中さんの手作りです。
「料理は独学ですが、実家が農業を営んでいるため子供のころから妹二人におやつやごはんを作っていました」。そのメニューはクッキーや蒸しパン、卵焼きに野菜炒めなど。お兄さんの優しさのこもった味は、妹さんにとって忘れられないものなのではないでしょうか。
 田中さんがお二人の器に出会ったのはお店を始める前でした。「たしか、西丸さんの線刻が入った器を最初に手に取りました。文様がすごく気に入ったんです。星の器もそうですが、もともとある図案を生かしながらどうやって盛り付けて行こうか考えるのが楽しいんです。下永さんの器はストーリー性があると思います。今日のデザートは花畑の向こうをSLが走っていくイメージで作りました」。そうおっしゃる通り、田中さんの絵心と器の楽しさがあいまって思わず歓声を上げたくなるような盛り付け。
 友人でもある田中さんと西丸ご夫妻。黒猫館、という店名のとおり田中さんも大の猫好きで、お二人に負けず劣らず猫5匹にチャボに魚と暮らしており、その昔にはヤギやウシも買っていたという生き物好き。西丸さんたちとは器の話はもちろんですが、飼っている猫の話をよくするのだそう。





 7年前に友人と共同で始めた黒猫館。途中で田中さんおひとりでの経営になり、震災も経験しました。「あのときの地震で店の器が半分以下になってしまいました。一人にもなったしどうしようかと思ったのですが、震災でやめてしまうのはなんだか違うなと思って。徐々に常連さんもついて、このままのんびりやってみようとここまで来ました」という田中さん。
お料理が独学だとう美味しいランチをいただきながら、そういえば西丸さんも独学で器づくりを学んだというお話しを思い出し、独学の試行錯誤というのは時にとても強いものなのではないかと思わされたのでした。(しばた あきこ)







DATA:

CAFÉ 黒猫館

栃木県真岡市台町2352-1|Tel.0285-81-5787
営業時間|11:30〜21:00(月曜だけ18時まで)
定休日|火曜日






※1 …素焼きは釉薬がかかっていないものを焼くので、重ねてもくっつかない。一方本焼きで釉薬を施したものは、熱で溶けた釉薬で器どうしがくっつくので重ねて焼くのはご法度。窯の棚板に乗せる部分も、釉薬をふいたり目土(器が棚板にくっつかないためのクッションになる土を高台などにつける)を立てたりする。
※2 …益子にある陶芸教室。古木良一さん主宰。敷地内に古民家があり、宿泊しながら作陶・窯たきなど陶芸にかかわるあらゆることに接することができる。
※3 …窯の温度がおよそ1250℃くらいのときに炭酸ナトリウムを投入すること。炭酸ナトリウムが作品に付着し溶けて釉薬の役目をしてくれる。
※4 …酸素が供給され、完全燃焼させた状態で焼くこと。
※5 …焼成するとき空気を少なめにすること。

参考文献 ブログサイト「まるいおにぎりのように」しもながくみこ


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