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[ましこのうつわ] 記事数:7

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第四話 辻中秀夫さん

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 春と秋の年に二回開催される益子陶器市。城内坂を中心とした街全体に作家がテントを並べ、メインストリートはもちろんのこと路地や脇道をのぞいては素敵な器を見つける楽しみがある数日間です。
 その中のじゃりん小路をのぞいたとき、白一色の器の並ぶテントと、そこで店番をする猫を目にして吸い込まれたのが石岡で作陶する辻中秀夫さんのブースでした。





 カップ・マグ・片口もボウルもポットも、すべて白マット釉。眺めていても手にとっても伝わってくるのはほんわかとした温かさ。ずっとこんなのが欲しかった、と思わされるスープカップを持ってレジに行くと、つながれていた猫が悠然とやってきてこれからカップを包む梱包台にどさりと横たわりました。思わず笑いがもれ、お利口な看板猫についての話が弾みます。





 数匹の猫(辻中さんの工房に留まり一緒に暮らしている猫と、自由気ままに出入りする猫がおり数は一定ではない)と暮らす辻中さんが作陶するのは、茨城県石岡市の緑豊かな丘の上の工房。
 奈良県出身で、多摩美術大学で油絵を学んだ辻中さん。なぜ陶芸を?と伺うと「よそ者って駅の近くに住むでしょう。大学時代駅前には土が全くなく触れられず、土が恋しくなったから」というユニークなお答え。大学を中退して益子の窯元である「つかもと」で研修を始めます。「ゼロからのスタートで苦戦しました。ろくろがどっち向きに回転するのかさえ知らなかった。自分は器用だと思っていたのだけど、全然できなくて、仕事をしながら独自で練習していました。つかもと時代に一年ほど窯業指導所に行かせてもらったんですが、すっかり我流の癖がついていて、先生にその手の当て方は違うってずいぶん手を叩かれました」
 窯元で5年、その後ほかの製陶所でも修行をしたのち、ほとんどの仲間が独立していくなか辻中さんは独立はせず仕事探しを始めます。「たいていはそのタイミングで親が資金を出してくれるんですよね。それで窯を買ったり仕事場を借りたりして独立していく。でも僕の親はお金出してくれなかったので(笑)」そんな時、馬頭のゴルフ場から声がかかります。「ゴルフ場付属のホテルが土産物の焼き物を作るために登り窯を所有していて、その親方をしてほしいというものでした。登り窯の窯焚きを手伝ったことはあるけれど、自分でやるのは初めて」。そこで作られていたのは小砂焼()。
 「結局そこには二年半ほどいました。もとからいた従業員の方たちそれぞれに窯の焚き方でもなんでもやり方があって、親方として人を使うのは大変だなあと思ったし、一人でやるろくろは楽なんだと思った」





 その後、益子で工房を探すもののタイミングよく見つからず、範囲を広げて探すうちに石岡市の農協で今の住居兼工房を紹介されます。「古い建物だったので、補修したり、隣に工房を建てたりは全部自分でやりました。特に工房作りはスコップで地面をならすところから始めたんです。猫を飼うようになったのもここに来てから。お隣の家に、多いときで30匹もの猫がいて遊びにくる。陶器市にも連れて行っている黒猫はキュキュ。野良猫がどこかで産んで、うちの工房に運んできてしまって」整理整頓されたろくろまわりには、猫の寝床と水、ごはんの場所があり、仕事をしながらも猫たちの姿が必ずどこかに見えるよう、整えられています。
 益子焼の窯元、そして小砂焼などを手掛けてきた辻中さん。それぞれに伝統的な色味の釉薬を使う焼き物ですが、今、白マット釉一色なのにはなにか理由があるのでしょうか。
 「ずっとろくろをやってきて、その経験が長くなると、10年以上修行してそこそこ出来るぞというところを見せたくなってしまう。ろくろ目を生かした、主張のあるものを作ってみたくなったり。でもそれだと見ている方が疲れちゃうんじゃないかと思うんです。もっともっと抑えていいんじゃないかと」。そう思い、どんどんそぎ落とすことを心掛けてたどり着いた白。「そぎ落としても、ちゃんと作られていることは伝わるんですよね。素直になって、使う人にも素直に見てもらおうと。そんな思いから白マット一色になっていった」





 手に包むとすっと人を落ち着かせてくれるような触感と形。ろくろの横には器のデッサンのメモが貼ってあります。「思いついた形をこうして描いて、しばらく貼っておくんです。ある程度思いつきが落ち着いたら実際にろくろをひいてみる。そして、これだと料理が盛り付けにくいんじゃないか、洗いにくいのではないか?とか、重ねられるかどうか、とか考えながら練り直していきます。ちょっと大きくしてみたりちょっと深くしてみたりして、次第に定まった形に落ち着いていくんです」
 奇をてらわず力まない、時間をかけて丁寧に追い求めて行った、ごく普通の形。「普通」っていったいなんだろうと考える時、それが一番難しいことなのではないかと思い至ります。
 益子の陶器市でわたしが求めたハンドル付きのスープカップ。味噌汁のカップとして、毎日のように小さな子供が使っていることを伝えると、こんな言葉が返ってきました。「器にハンドルが付いていると、子供さんの苦痛がなくなるんですよ。熱い汁ものが入った器は子供にとって不安定で危ないものですが、ハンドルが付いて安定することで苦痛がなくなり、苦痛がなくなるとおいしく味わうことができるんです」。子供に対してこぼすなこぼすなとだけ言っていた自分を省みて、辻中さんの器にこめられた優しさに胸を衝かれ、白マット釉の温かさの理由がここにもあったのだと気付いたのでした。




cafe metsä 木崎 美香さん





 辻中さんの器には益子の陶器市で出会い、ご自身のカフェで使用しているのが、鹿沼市にあるcafe metsä(メッツァ)の木崎美香さんです。
 鹿沼出身の木崎さんは高校卒業後上京し、栄養士の資格を取得。その後都内のカフェで店長として働くと同時に、旅行が好きで東南アジアをはじめとするさまざまな国に渡り、食べることを中心にした旅を重ねてきました。
 「いつか自分の店を持ったら、いろんな国のいろんな味を出せる場にしたいと思っていました。食材も無農薬にこだわったり、添加物を使わないようにしたり…。体にやさしくて、なおかつ珍しい物が食べられるカフェにしたかったんです」
 東京で結婚し、ふたりのお子さんを育てながらカフェ勤務していた木崎さん。夢をかなえる場所に故郷を選んだのは「田舎暮らしをしながら子育てと両立できるカフェをマイペースにやりたかった」とのこと。
 5年前にオープンしたcafe metsäは自然豊かな住宅地の中にありました。まるで、外国の絵本に出てくるような建物の前には真っ白なヤギ、モモちゃんとコータローくんが。
 「私の思い描く田舎暮らしには、畑仕事とヤギというイメージがあって。実際に飼ってみると、草を食べてくれたり、フンを堆肥にしたり、なにより看板ヤギになってくれています」





 緑の三角屋根が素敵で、いったいどこのハウスメーカーで建てたのかとお聞きしたところ、基礎と構造以外ご主人と一緒にすべて手作りしたという驚きの答えが。約一年かけて生活しながら建てて行ったそうです。
 「家一軒まるごと建てるのは大変でしたね。床を貼ったり、断熱材を入れたり。でも、作り方を知っているということはメンテナンスの方法もわかるということなので、そこはよかったです」。ふんわりとしたやさしい声でこともなげに答える木崎さんですが、それは大変な大仕事だったことでしょう。
 北欧風のインテリアに統一された店内は、内装ももちろん手作り。シンプルながらあたたかい雰囲気がある一方で、メニューには木崎さんが旅したアジアの風を感じるものがたくさんあります。
 「ベトナム料理のバインミー(サンドイッチ)、タイのグリーンカレーのアレンジや、前菜にはスペインやモロッコ風の物をお出しすることも。開店当初はメニューをご覧になったお客様から「パクチーって何? バインミーって何?」と聞かれることがとても多かったんですが、最近は浸透してきたのか説明する機会が減ってきましたね」
 この日のお料理はベトナム料理が中心。
 ベトナムサンドイッチのバインミーには、ローストポーク、自家製レバーパテになます、地元で採れた野菜などがサンドされて彩りも鮮やか。タイ風サラダのソムタムも体が喜ぶ新鮮さで、白い器に映えています。
 「辻中さんの器を知ったきっかけは益子の陶器市でした。まだ東京のカフェで働いているときでしたけれど、将来自分のお店でどんな器を使おうかと考えながら陶器市を見て回っていたんです。何にでも映える、白だけどぬくもりのある器を探していました」
 木崎さんはカフェづくりをするにあたって、料理やインテリアと同じくらい器も大切と考えていました。
 「器は、絵だと額縁のようなものなのかなあと思います。料理か器だけ目立つのではなく、どちらも引き立てあうバランスが大事。カフェに行ったとき、使っている器が素敵だとそのお店のイメージもとてもよくなることってありますよね。わたしは内装と同じくらい、器も雰囲気作りに重要だと思っています。辻中さんの器について、お客様から誰が作っているのかお問い合わせいただくことも多いんですよ」
 カフェをはじめて5年。「やりたいものが増えて、メニューもどんどん増えて…食材もオーガニックものにこだわっていて、原価は高くなりますがそこは譲れないんです。でも、自分のやりたいこととお客様が望むものの違いに気づいてお客様に寄り添うようにもなりました。なじみのある料理もメニューに加えて、普段食べ慣れないものが苦手な方にも楽しんでいただけるようにと思っています」





 白い器に載せられたバインミーをほおばると、外国の味なのになぜか懐かしさが口の中に広がり、次のもう一口が待ちきれない美味しさ。
 外国の珍しいメニューではあるけれど、おいしいものが人を引き寄せるのは万国共通です。ここに来ると、のんびりした田舎の風景のなかで、木崎さんが生活しながら日々キッチンから生み出す遠い異国の「おいしい」を心ゆくまで楽しめるのです。(しばた あきこ)

※小砂焼(こいさごやき)…栃木県那須郡那珂川町にて焼かれる陶器磁器半磁器。金色を帯びた金結晶や、深い赤が映える辰砂など素朴かつ上品な色合いが多い。
参照ページ|「市川窯」http://ichikawagama.sakura.ne.jp/info/
      「ウィキペディア」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E7%A0%82%E7%84%BC







DATA:

cafe metsä

栃木県鹿沼市加園409-3|Tel.0289-63-5606
営業時間|11:00~16:00(15:30 L.O.)
定休日|月曜、日曜、祝日






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