中野駅近く、中野通りにのびる桜並木。
このみちを、今朝、稽古場に行く前に通ったときのこと。
近くの横断歩道を、信号が赤にもかかわらず、駆け抜ける人がいた。
それは、中学生の親子だった。
自転車に乗る父親と、それを追いかけるように走っていた子供は、
たまたまとおりかかったおまわりさんにたしなめられてた。
そろって肩をすくめた親子が、横を向いたとき、
わたしは、それがよくしっている人だと気がついた。
むかし、同じ劇団にいた先輩だった。
ちかくには、当時やっと30歳にして、3人の子持ちになった
劇団員のおくさんがいた。
ふたりは、劇団員同士で結婚し、
つぎつぎに子供が生まれて、
おとうさんのほうは、自然、稼げる仕事へ移っていったときいていた。
自由な劇団だったので、籍は残しているのかもしれないが
当時、その話を人づてに聞いたとき、
私は、やりたいことを我慢している先輩に
少々哀れみに似た感情を抱いていた。
いま、劇団員夫婦はそろって正装し、
ピカピカの制服を着た中学生の子供と一緒に
桜吹雪の道を
これから通うのであろう校舎に向かって
肩を並べて歩いている。
あのころ、多くの役者仲間に才能を惜しまれ、
「勿体無い」とささやかれていた先輩だが
こうして、自分の幸せを築き上げたのだなあと
感慨深い気持ちにさせられた。
(3人の姿をチラッと見ただけで、いろいろ憶測するのも
大きなおせわだとおもうが)
幸せなんていうのは、自分の尺度が決めるものだと
そんなメッセージを3人は、私にのこして去っていった。
もちろん、私は声をかけなかった。
芝居をやめた仲間、子供が生まれて、休業中の人、
親の面倒を見るといって故郷に帰った人、
自分が体を壊してしまった人、
そういう岐路が、きっと私にもやってくるだろう。
そうしたときに、
私は世間の目をきにせずに、
私なりの道を歩くことができるだろうか。
自分の境遇の中で、幸せをみいだすこと、
それは、すでに日々、試されていることかもしれないが
四月のある日、いつもと同じ道を
ばたばたと走り抜ける私に、誰かがサイン号を出したような
そんな瞬間だった。
~本日のありがとう~
今日の桜は、いつも応援してくださっている
お花屋さんからのシャメ。
母校の桜を撮ったのだそうです。
ありがとうございました。
by 鯨エマ|2009-04-08 01:01
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