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[鯨エマの海千山千] 記事数:1742

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崩れる家、薄れる記憶

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夜勤明けで家に帰ってくると
早朝から隣の家の解体作業が始まっていた。
そういえば、数日前にポストに
事前連絡のお知らせがはいっていたっけ。

2階建てのアパートは、トキワ荘もびっくりの
オンボロ風呂なし物件で
2階から口うるさいオッサンが、いつも道路のほうを眺めては、
そこに車を停めるな、などと怒鳴っていた。
あの声がもうなくなるのかと思うと、
一抹の寂しさがある。

解体作業は3人で進められているようで、
あっというまに壁に穴があき
そこからベリベリと剥がすように崩してゆく。
壁とは、こんなに薄いのか。
畳が乗っている部分というのは、こんなに脆いのか。
どこまでも無防備な昔ながらの日本家屋。
自宅に入り、しばらくすると
地響きと共に物凄い轟音がした。
外を見ると、すでに半分がなくなっていた。
むき出しになったふすまや畳、散らばったわずかな家財道具が
なんともいえず、哀れだ。

「住まい」というのは、それが賃貸であれ、なんであれ、
やはり住む人にとっては「帰る場所」「テリトリー」であり、
しっかりと人間の歴史が刻まれてしまうのだ。
いままで都内で5回引っ越しているが
物件探しのときに、住居に足を踏み入れた瞬間に
迫ってくる、(または包まれる)一種異様な空気は
そこに住む人が残していった残り香なのだろう。
当然、新しい物件ほどそれは少ない。

最近、古い木造建築がどんどんなくなっている。
災害を懸念して、危険物件は取り壊す方向なのだろう。
私がよく呑みに行くゴールデン街然り。
しかし、取り壊されてしばらくすると、
そこに何が建っていたのか、思い出せないことが多い。
これは、私が忘れっぽいということだけではなく、
誰に聞いても同じように思い出せない人が多いのだ。
そして、同じ場所に新しい物件が立つことに、最初は抵抗があっても、
すぐに慣れてゆくのだ。
同様に、先日も友人と下北沢を歩いていたときのこと、
「テナント募集」の看板が出ていた空き部屋を見て
前が何の店だったか思い出すのに時間がかかった。
愛着を持っている場所でさえ、このありさま。

いったい、本当に記憶しておくべきことというのはなんなんだろう。
覚えておく価値のあること、
覚えておいたほうがいいことというのはなんなのか。

かんじゅく座の稽古で、学生時代のことを思い出して欲しいといったときに、
全くおぼえていらっしゃらない方が若干名。
私は最初、それは「覚えていない」のではんく
「思い出したくない」のかなと思っていた。
本当のところは良く分からないが、
何かにつけて記憶を呼び覚ます作業をする演劇においては
このように当たり前と思っていることが、なかなか通用しない稽古場で
私はつねづね、考えさせられる。

そうこう言っているうちに、はやくも隣のお家は次の部屋をぶち抜いてしまった。
瓦に見えていた屋根は、実は瓦ではなかったことがわかった。
えええ~~~~っ!?

by 鯨エマ|2008-06-07 11:11

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