雨巻山を下りて大川戸の駐車場に戻り、車の中でおにぎりを食べる。向こう側の釣り堀では30代くらいの男女2組が遊んでいて、慣れない釣り竿を持った女の人に、男の人が大きな声で笑ったりアドバイスしたりしていた。前の道を手ぬぐいを頭に巻いた男性がスッスッと走っていく。坂道を何でもないような感じでぱあっと上がって、山の中に消えていった。駐車場わきの流しそうめん屋?では、店員がのんびりと後片付けをしている。平和な里の風景である。
このあたりでは釣り堀デートがいわば地元ルートとして確立しているのだろうか?昼に待ち合わせて魚を釣って、日が暮れたらどこか適当な店で飯を食って、「んじゃ、ま…行くべ」といった感じでラブホテルにしけこむのだろうか。あるいは特に何ということもなくのんびりと家に帰るのかもしれない。それもなかなか悪くない。平和な里の光景である。
国の文化財に指定されている綱神社などを見て回ろうと思ったのだけど、道を通り過ぎちゃったのでまたの機会にして、その勢いを保ったまま高館山に行くことにした。300mほどの低山なのでそれほど時間はかからないだろう。
雨巻山に来る途中に通った道から折れ、坂道を登っていくと上につり橋がかかっており、くぐると駐車場があるのでそこに車を停める。つり橋を渡って北側に行くと「益子の森」という県立自然公園があり、大きな展望台もある。そこからの眺めを期待していたのだけど、残念ながら改装中。しかたがないので折り返してつり橋を渡り、今度は高館山の頂上をめざして山に入っていく。
ポール状の標示があって「西明寺まであと1.7km」なんて書いてあると、この西明寺が俄然気になる。前調べでそういう寺があるのはわかっていたけど、この道を行けばたどり着けるのか。よし、行ってみよう!と気合いが入る。
でも道はだらだらと上りが続いて、時折出現する階段が本当につらい。ヒイヒイ言いながら一段、また一段と上がる。木に囲まれて展望も無いし、雨巻山の疲労が一気に噴き出してくるようだ。
ふと気づくと、向こうから誰かが駆け下りてくる。さっき山に消えた男の人だ!格好からして間違いない。ちょっとびっくりして二度見してしまった。男の人は凄い勢いで山道を下っていった。呼吸が荒くなく自然だったので、マラソンか何かの選手なのかもしれない。こんな山道を毎日走っているのだろうか。
階段が増えてきて、ぼくの疲労も限界に近づいたころ、傾斜がゆるやかになって小高く丘になっている部分を見つけた。そのてっぺんが高館山の頂上ということになる。三等三角点がある。まわりには特に何も無く、草っ原とまばらな木、大きな石、そして朽ちかけたベンチなどがある。しばらく進むと道路がふもとから伸びてきており、ベンチや展望台が並んでいるところに行き着く。この一帯も自然公園の一部として整備されていたことがわかる。とは言ってももはや寂れ果てた場所だ。
使われなくなったトイレの露出した便器、意味も無く不恰好なコンクリート造りの展望台(そして展望は下とそんなに変わらない)、古臭い案内看板、塗装もはげてくたびれきったベンチとテーブル。わしゃわしゃと手当たり次第に伸びた草。どの公園も、つくりも寂れかたも一緒だ。そしてそこにはある時代の記憶が刻み込まれている。そういうものを見ると、ぼくは無性に哀しい気持ちになる。ここにもかつては多くの観光客が訪れ、手作りのサンドイッチやおにぎりや唐揚げをいっぱい詰めたバスケットをテーブルに置き、家族や仲間で囲んだのだろう。タイガーの魔法瓶からは熱いコーヒーが紙コップに注がれ、満たされたのだろう。子どもたちは走り回り、大人たちは眼下の(まあ魅力的といえなくもない)風景を眺め談笑したのだろう。でも今は、ここには誰もいない。時代に取り残された風景の中で、ぼくは何とも気まずい気分で立っている。まるで場違いなパーティに紛れ込んだように、あるいは眠りこけたカバの群れの中に迷い込んだみたいに。
すごすごと通り過ぎ、西明寺をめざす。今度は下りになり、ずんずんと進む。山道には足跡がついているので、最近ここを歩いた人がいるのだろう。誰もいない山の中でそれが勇気づけてくれる。ずんずん進む。
やがて木々のあいだから突然大きな屋根が見えてくる。着いたー。西明寺本堂の裏側に下りる。
本堂はとても大きく、特に屋根が大きいので存在感にあふれている。
茅葺きの楼門をくぐると右手に三重塔があり、両者は国の重要文化財に指定されている。他にも歴史的に重要な建造物がいくつも建っており、この寺は歴史の宝庫だ。誰もいない境内を歩いていると、心が静まりかえる。さわさわ…と竹がゆれ、どこからか鈴の音がきこえてくる…ん、鈴の音?と思ったらわきの小道からオレンジのジャージを着た初老の男性が登ってきた。
そのまま境内を突っ切り、本堂に向かっていく。どうやら参拝に来たようだ。ぼくも一応寺の中を見回ったし、そろそろ戻ろうかと山道に入ろうとすると、男の人も後からついてきた。あれっ、この人も山登りするのかな?何だか挨拶もしそびれちゃったし、気まずいな…と思ったけど、たぶんこの道を登るのを日課にしているのだろう、かえってぼくみたいな若いのがこんなところをウロウロしているほうが気味悪いだろうと思い、足を速めた。山道を登っているうちに鈴の音も遠くなっていったが、しばらく聞こえていた。
*高館山…標高301.8m。かつて城が築かれていたという。途中整備されていた場所は「権現平」といって、見晴らしも良い。たぶん季節ごとにわりと人は訪れているんだろう、ぼくが上で言っているほどは寂れていないのかもしれない。すみません。
*西明寺…天平九年(737)開山、真言宗豊山派に属する。本尊に十一面観世音菩薩。国重要文化財である本堂厨子、楼門、三重塔をはじめとして、多くの遺構がその歴史を今に伝えている。坂東巡礼第20番の札所でもある。
↑がんばれ朝青龍!何かとかまびすしいけど、基本的には朝青龍を応援しています
by 雨|2008-03-04 01:01
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