再演、つまり、
一度やった芝居を、何年か経ってもう一度やるのは、
初演よりも楽なんだろうとおもっていた。
そうではないんだということを、
数年前に、はじめて体験したのだが、
また今回も、同じような思いをしている。
ひとつは、劇団銅鑼の芝居に付けている音声ガイド。
今日も、上板橋の稽古場まで、通し稽古をみにいく。
ストーリーもキャストも、初演とは変わっていない。
多少のカットはあるものの、
基本的には、変わっていないはずなのだが
明らかに変わっている。
結局前のものを使うのはやめて、
あらたに、作り直すことに。
変わった原因は、まず、演じている役者が、
1年経って、確実に変化(成長?)しているからだろう。
初演では、この間はなかったのに・・・
この動きはなかったのに・・・・ということが少なからずある。
これは、私にしても同じで
前よりも欲が出ている分、もう少しレベルアップしたいと思うのだが、
私の場合は技量がそれに伴っていないため、
ジレンマに陥っている。
現場では、いちど、劇団の方にも意見を聞きたいと思いながら
そんな余裕もあまりない。
もうひとつは、かんじゅく座水曜クラスの芝居。
2年前の「さくら」を書き直し「さくら2010」としたが、
こちらは、役者が全員変わっていることもあり、
一筋縄には行かない。
初演のときに一度自分で信じて作り上げたものを、
崩して練り直す、というのは、
非常に勇気が要る。
自分が信じていたものなどは、何ものでもなかったのだと、
おもわなくては、やっていられない。
だから、再演は大変だ。
ならば、再演なんかやらなければいいのに・・・と、
思うかもしれないが、
再演をやってみて感じたことは
「再演するべきだ」ということ。
ひとつの作品は、そうやって、人目にさらされることで、鍛えられ、
さらに、バージョンアップしてゆかなければならないのだと、
まあ、私の場合、アップできているかはわからんけど、
そう思う。
そういえば、私はいまだかつて、
満足して千秋楽を迎えたためしがない。
どこかに、物足りなさを感じ、
後悔して終わる。
もっと、出来たのではないだろうか・・・という、悔やみ。
「楽しかったからまたやろう」ではなく、
「悔しいから次はもう少しなんとかしたい」
なのである。
そういったら、
「ある意味、不幸だね」といわれたことがあるが
そんなもんは、言わせておけ、だ。
だから私は今日も台本と首っ引き。
ああ、いつになったら手放しで笑えるんだろうね。
~本日のありがとう~
銅鑼の稽古場で「味噌汁飲んでいかない」と、
声をかけていただいた。
うれしいなあ~~~
本当に飲みたかったのだが
急ぎで電話しなければならない所がいくつか。
ああ、私って本当にタイミングが悪い女だわ。
でも、声をかけていただいただけで、
ちょっとホカホカ気分になった。
Tさん、どうもありがとう。
Trackback(0) Comments(2) by 鯨エマ|2010-01-28 23:11
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