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教科書に載らない大切なこと(2)〜ヒマラヤを越える子供たち〜

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ダライ・ラマ法王はよく笑う。大声で、実におおらかに。
「わっはっはっ」というお腹の底からこみ上げる大きくてチャーミングな笑い声で、法王は周囲の緊張感やかしこまった空気感を一瞬で壊滅させ、その場を親密で幸せなオーラで包みこんでしまう。
法王と平民という隔たりは、たちまち消滅。にこやかな笑顔で人々を幸福にしてしまうのだから、まさに「カミワザ!」そのもの。

そのざっくばらんなお人柄のまま、何も飾ることなく、ビーチサンダルですたすたと世界中をあまねく説法して歩きながら、多くの人々を魅了するダライ・ラマ法王の心は常に平常。物を視る目は、鋭く分析力に富み、論理的で科学的。決して情緒や感情に溺れることもない。しかし、あまりにおかしいものに出会ったときは、誰よりも真っ先にお腹を抱えて笑い出し、周りを笑いの渦に巻きこんでいく、とてもお茶目な性格を持った方だ。
ただし、ダライ・ラマ法王が抱えている悲しみは、私たちの想像を絶するほど深い。彼が体験してきた悲しみ、厳しさは、その柔和な瞳のずっと奥に隠れている。

ダライ・ラマ法王がインドへ亡命したのは1959年のこと。
その時、8万人のチベット人が後を追ってインドへ亡命。
北インドのダラムサラにはチベット亡命政府が樹立され、そのもとに教育機関チベット子供村(TIBET CHILDREN VILAGE)TCVが設けられた。
チベット語、英語を始めとする一般教科を学ぶ小・中・高校までの全寮制の立派な教育機関である。このTCVは海外からの支援に恵まれ、教育施設は徐々に整えられている。

1959年に占領された本土は、青海省、四川省と呼ばれるようになり、また首都ラサ周辺の一部だけは「チベット自治区」と呼ばれるようになった。
しかし、自治区といっても言葉だけ。漢民族の経済的支配と共産党の支配下に置かれ、もし「ダライ・ラマ法王に長寿を!」「チベットに自由を!」などと叫べば、即刻逮捕。監獄で厳しい拷問を受け、命を落とさないとも限らない厳しい拷問が待ち受けている。
法王の写真とチベット国旗を保持することは、許されてはいない。

(写真上)
ダラムサラの難民センターに貼られていた絵。ヒマラヤを超え、インドの難民センターに無事辿り着いた子供たちに紙と色鉛筆を渡すと、子供たちは本土で日常的に目にしていた事柄を描くという。

(写真上)
チベット国旗。白い三角は雪山の象徴。2頭のスノーライオンが中央に抱いているのは、チベット人の3つの宝物「仏陀・ダルマ(仏陀の教え)・僧侶」のシンボル。中央の太陽は自由と平等と繁栄の象徴。

当然、本土の子供たちの教育は遅れるばかり。
貧困ゆえに学校は建たず、学校があったとしても子供を学校に通わせるお金もない。
たとえ高額なお金を払って学校に行っても、中国の歴史を学ぶばかりで、チベット文化を十分に学ぶことができない。

抑圧、貧困、人権侵害を逃れ、自由と教育を求めて、今もチベット人の亡命は続いている。
毎年、標高7000mのヒマラヤを超えてネパール、インドへ亡命する人数は3500〜4000人。その3分の1が13歳未満の小さな子供たち。
親は自分の子供に本当の教育を受けさせたいと願い、2度と会えないかもしれない我が子を雪のヒマラヤへ送り出す。
中にはクレバスに落ちて助からない子もいれば、途中で凍死する子供もいる。国境警備隊に見つかれば、連れ戻されて投獄される。たとえ亡命に成功しても、凍傷で片腕や片足を切断する人もたくさんいる。

亡命時期は、真冬。警備隊の目が手薄になる時期を選んで雪山を超えていく。
今日は1月半ば。
今夜もまた自由を求めるチベット人たちが、雪深いヒマラヤを超えているかと思うと、彼らの安全を願わずにはいられない。

このチベット人の亡命の日々を追った短編ドキュメントフィルム『ヒマラヤを超える子供たち』は、ぜひご覧いただきたい。
もしもあなたに鬱病の気があるとしたら、この映像があなたに何かインスピレーションを与えてくれるかもしれない。
もしも、あなたの子供がひきこもりがちなら、このフィルムを親子でご覧いただきたい。あなたの心の中のかたくなな何かが溶けていくかもしれない。
また、あなたが教科書にも新聞にも載らない地球の片隅で起きている現実を知りたいなら、ご覧いただきたい。
どんなに虐待されても、他者を許すチベット人の穏やかさの深さに出会うことができるから。

『ヒマラヤを超える子供たち』(\1,500)
http://www.tsg-kiku.com/eoth/

(購入金額の一部は、ダラムサラの難民センターに寄付されます)

もしも、あなたがまだチベット人の亡命が今も続いているとは信じがたい、と思われるなら、覚悟して以下をクリックしてください。
http://www.youtube.com/watch?v=_ZviDiP2tJI

2006年10月、亡命中のチベット人が警備隊に射殺されたこのニュースは世界中をかけめぐりました。射殺されたのは、10代の青年僧侶と、同じ10代の尼僧の二人。偶然ヨーロッパの登山隊が録画。「犬のように射殺された」と報道され、世界中に大きな衝撃を与えたことをどうぞ覚えておいていただきたい。

これは教科書には載らない、21世紀の事実。
今もなお、この瞬間に自由を求めて雪山を歩くチベット人がいるということを、どうぞ記憶にとどめてください。
そして、想像してください。
教育を求める子供たちが、氷点下のヒマラヤ山脈を何週間もかけて、食料もないまま、布のスニーカーをはいた小さな足で超えているということを。

» Tags:チベット,

Trackback(0) Comments(2) by 北澤杏里|2008-01-16 13:01

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