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ダライ・ラマ法王と日本の孫たち

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11月末。東京の空は朝からいつになく晴れ上がり、ターコイズブルー一色になった。一点のシミもなければ雲ひとつない空から、澄んだ秋の光が祝福のように降り注ぐ。都内のとある男子校にダライ・ラマ法王が訪れたのは、そんな日本晴れの午後のことであった。
「ようこそダライ・ラマ14世」と書かれた横断幕が生徒の手で掲げられた校庭には、軽やかな緊張が満ちていた。生徒も、教師たちも非日常の大きな行事を前に興奮気味だ。
ダライ・ラマ法王は、校庭で出迎える学生たちの歓迎を受けると、3階まで階段を上がり、講演会場となる体育館へお入りになる。
来場10分前。体育館には聴衆、500名の高校生が静かに鎮座し、ノーベル平和賞受賞者の登場を待っていた。墨色の詰め襟の制服だからだろうか。男子高校生たちの顔がとても涼しく澄んで見える。

ダライ・ラマ法王が会場に足を踏み入れた瞬間のことだ。誰に言われたわけでもないのに、生徒全員が起立。法王を大喝采で迎え入れた。若さゆえ、だろう。どの講演会場よりも彼らの拍手の響きは淀みなく、清々しく、力がみなぎっている。しかも、「イェィ!」だの、「ヒュ〜!」「ワォ〜!」だの、あちこちから歓声や奇声があがり、先ほどまでの静寂とは一転して、体育館はロックミュージシャンでも迎えたかのように大騒ぎとなった。

今時の高校生ったら、なんて素晴らしいんだ!法王の迎え方は、私たち大人よりカッコいいではないか!しかも、法王はこうしたフランクなことが大好きなお人柄。行儀が良すぎて感情を押さえがちな日本の大人と違って、歓迎の喜びを素直に表現する高校生のフランクさに鳥肌を立てながら、私は身を乗り出して、バルコニーのプレス席からフロアを眺めおろす。
10代の若者500人が巻き起こす喝采のまっただ中、黒一色に染まるフロアの中央を、赤い袈裟姿の72歳の法王が歩く姿がこれまた美しい。黒の海を、赤いクジラが悠々と泳いでいかれるようであった。

法王は若者たちの反応がよほど嬉しかったようで、お経を唱えられた後、開口一番、「あなた方は若く、初々しく、そして輝いている!そんなあなた方に会えて、私は大変幸せだ」と述べられた。なんとイカシタ挨拶なことか!
最高の褒め言葉をもらった高校生たちは、話が始まると静かに耳を傾けたが、法王が「ゴホッ」と咳をするだけで、「クスッ」と笑う。法王がジョークをいえば、隣の友達の腕をつついて、肩を揺すって大笑いする。どんなに偉い人かと思ったら、な〜んだ、ユーモラスで気さくなおじいちゃんじゃないか、思ったらしい。威厳がありながらも、オープンな性格の法王は、高校生をあっという間に虜にしてしまったようだ。1時間半の講演中、会場は親密な雰囲気に包まれていた。

「今世紀は20世紀の続きであることを忘れないように。20世紀は暴力の時代だったが、20世紀の後半から平和運動が始まった。21世紀を生きるあなたたちは、これを受け継いで生きていってほしい」。
法王はこの日、10代の日本の若者に向けてそう語った。
「過去の結果として今日がある。つまり、あなたたちの未来は今日の結果として現れる。だから、今日からどんな未来を作るべきか考え、努力を始めてほしい」とも。
また、世界の平和を実現するためには他者に対する「思いやり」が大切だと語り、「思いやり」とは相手だけでなく自分自身にも役立つのだと、具体的に論説した。

「他人への思いやりを持つことは、自分にとっても素晴らしい結果を招きます。他人を思いやることは、自分の心を穏やかにしてくれます。心の中にストレスがあるとき、心の平和は破壊されますが、思いやりがあるとき、心のストレス、イライラは消えていきます。科学者たちの研究結果では、自我が強く、いつも“私、私、私”と言っている人は、心臓発作で死ぬ確率が高いそうです。自分のことばかり考えているから、他者とのコミュニケーションがうまくいかない結果、イライラが募ってくる。孤独にもなる。そうした利己的な人の対局にあるのが、思いやりのある人です。彼らの心はオープンだから、コミュニケーションもうまく、本当の友達ができやすい。だから、笑いながら人生を過ごしていけます。そういう人たちは免疫力が強く、たとえ病気になっても回復も早い。他者のためにも、自分のためにも、優しさ、思いやりを土台にした意義ある人生を送ってください」。

講演後、法王の言葉と人柄に共感した若者たちは、法王を取り囲み、握手を迫った。駆け寄る若者たちにもみくちゃにされながら、法王は喜んで握手し、頭や頬を嬉しそうに撫でながらゆっくりと歩を進めた。孫を可愛がる祖父のように法王の全身から惜しみない愛が放たれ、日本の孫たちからは、親しみと尊敬の念が祖父へ向けて注がれていた。

» Tags:ダライ・ラマ,

by 北澤杏里|2007-12-02 09:09

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