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[鯨エマの海千山千] 記事数:1742

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写真バーにて

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先日、高円寺の写真バー(白&黒)にいったら
20代のころ足を運んでいた、新宿ゴールデン街の「ことじ」のママに再会しました。
ことじは、写真の展示をしていて、お客様も写真家が多く、
わたしを初めてこの店に連れてきてくれたのも、
当時、大阪から上京したばかりの新進気鋭写真家、野村恵子さんでした。
私は野村さんの写真を、ある写真展の掲示板にみつけ、
どうしても気になって大阪まで見に行き
以来、彼女が東京に住むようになってから、たびたび
仲間との集まりなどに声をかけてくれていたのでした。

ことじのママの弟さん(じょうぶさん)が演劇をやっているとかで、
私の青年座時代の先輩と親しいらしく、そんな話もしました。
じょうぶさんは、すでに毎日よっぱらっていらっしゃって、
まあ、そんな営業状態でもみんなに愛され、
「ことじ」といえば、じょうぶさん&お姉さんママという
かんじでした。(じょうぶさんは、亡くなりました)

ことじに、一人で飲みに行ったとき、
じょうぶさんがぐでんぐでんに酔っており
私がおかわりを注文したら
じゃぼじゃぼと焼酎と水を入れて
指をマドラー代わりにしてかき混ぜたので、私が大憤慨し
それを見て面白がった彼は、こんどは指を舐めてから私のグラスに突っ込んだ・・・
うぎゃぁ!!!!!!
・・・・などなどなど、ふつうの店では考えられないことを、
周囲の客もゲタゲタ笑いながら見ていたものでした。

ママさんは、鎌倉から通っていらっしゃいます。
私が最近ことじに行ったのは昨年ですが
カウンターの中には知らない女の人がいたので
「もう、ママさんはお店に出なくなったのかなあ・・・鎌倉じゃ遠いよなあ」などと
寂しく思っていたのですが
たまたま高円寺で再会。
当時を思い出しました。
貧乏で、たいてい、1杯しか飲めない・・・
または、誰かのおごりでないと飲めない私でしたが
それでも、私の芝居は観に来てくださっていました。

この店で知り合った、野村さんの仲間たちの写真集が
店においてあり、そのページの間から私のチラシが出てきたときは
その公演があまりに後悔の多い芝居だったせいもあり
感無量でした。

ママさんは、家が遠いので、早々に帰られました。
私の飲んでいたカクテルの代金を払って・・・・。
粋というか、太っ腹というか、かっこいいというか。

ママさんとの再会で
「今も昔も失敗だらけだなあ・・・・」と、進行形の進歩のなさに出てしまったため息を
苦いコロナでながしこんで、ふと周りを見ると、
新聞部の報道写真を外されたというA氏の撮った写真が
並んでいました。
被災地、沖縄米軍基地、ダム・・・・
すべて、私たちのせわしない毎日に衝撃的な事件として現れ
あっという間に過ぎてゆく出来事の写真ばかりでした。
流されてはいけない。志を忘れずに、地道にいこう。
この1杯を無駄にしないように頑張らねば・・・と思った夜でした。

Trackback(0) Comments(3) by 鯨エマ|2014-07-08 09:09

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