二十代半ばに夢中になって読んだ本があった。だが誰かに貸したか、間違えて古本として処分してしまったのか、いつの間にか手元から消えていた。
時々その本を思い出し、探してみたこともあったのだが、とうの昔に絶版になっており入手できず。数年前にパソコンで検索した時も全く引っかからなかった。ところが先週、ふと思い立って検索してみたら、あっけないほどすぐに見つかった。
とうとうまた手に入れることができた、原田康子著「満月」。
週刊朝日に連載された小説で、1984年11月に第一刷が発行された。後に原田知世、時任三郎のキャストで映画化され、1991年に封切られた。
奥居香の歌う「Mr. Moonlight」のキャッチーなフレーズにのせて、テレビでも盛んに映画の宣伝をしていたが、残念ながら原作の良さをまるで伝えられず、底の浅い仕上がりだった。本と映画は、まるで別物だ。
一言で言えば、江戸時代からタイムスリップしてきた武士と、札幌で高校教師をしている女性との恋愛ファンタジーである。
こう書くと陳腐な印象を与えてしまいそうだし、まさしく映画がそれを具現化していたが、実際は違う。
主たる舞台は北海道なのだが、土地の史実に基づいてしっかりとした構成だ。気候風土の描写が的確で、頭の中に風景が広がる。その中で個性的な登場人物が感情を押さえて押さえて関わりあっている。心の機微が丹念に描かれて、現実離れした筋書きではあるのだが、浮わついたところがない。
主人公の高校教師まりの最初の台詞は「これ、刀自の好物?」である。
刀自はトジと読む。当時のワタシは意味が分からず辞書を引いた。所々で知的好奇心を刺激された。また潔い文体も魅力だ。
そして何が良いって、とにかく切ないのだ。
切ないという感情にとても惹かれる。20年もの長きに渡ってこの本への執着が薄れなかったのは、強烈な切なさの記憶からだ。
20代のワタシと40代のワタシ、果たして読後の感想は変わるだろうか。
実に楽しみ。ゆっくり、ゆっくり、行間を噛み締めながら読むつもりだ。
この本とセットで思い出すのが、ドビュッシーの「月の光」という曲である。
ちょうど「満月」を読んでいた頃、仕事が忙しくて睡眠時間をあまり取れなかったにも関わらず、なかなか眠りに落ちることができなかった。
入眠の儀式として、さぁ寝るぞという瞬間にこの曲を繰り返し吹き込んだテープをエンドレスにかけたものだ。この穏やかな調べのなかにも、やはり切なさがある。
「Mr. Moonlight」ではなく「月の光」こそ、ワタシの「満月」の曲である。
月が切ないの?それとも月を見る人が切ないの?
Trackback(0) Comments(10) by Yamepi|2009-01-27 16:04
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