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[雨は遠いそらの上] 記事数:109

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ひびくらの滝

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鬼のように美しい。見てくれ、この鬼のように美しい滝を!


山本不動尊から山道を20分ほど行くとあらわれる、秘境のごとき寂寞に流るる「ひびくらの滝」。下に降りるにはそれなりの準備をしないと無理のようだ。残念だけど山道から滝を見下ろす。また、滝の上側には降り立つことができる。
滝じたいはさほど大きくないけれど水量は多く迫力がある。ダークグリーンの滝壺は、まるで誘うような生々しさで恐ろしいくらいだ。
 
 
山道の脇には渓流が沿って流れており、その水は鬼のように澄んでいる。夏にあらためて訪ねなければなるまい。この水の透明度の前に、人はただ無力だ。もしこの清水に塵芥糞尿吐血産廃など廃棄しようものならすべからく万死に値する。しかしこの清澄の中に我が薄汚れた身体を浸してみたいという欲望を止めることはできまい。透明さ、清澄は私の中の汚濁を手厳しく指摘する。だが足を浸すくらいなら罪には問われまい。いや、身体ごと浸し水流を濁らせても、自然は何ら私を罪に問うことは無いのだ。水は流れ、木々は揺れ育つ。その生命の繁茂の中でただ人だけが無力である。

 
 

山本不動尊は、急峻の崖をくりぬいて建てられた不動尊で、そこまでの長く急で狭い階段はなかなかのもの。今日もたくさんの人が参拝をしていた。不動尊の近くにも小さな滝があり、その美しい造形はひびくらの滝とあわせて一見の価値あり。山本不動尊は文字通り山の麓に位置し、かつアクセスが容易なので気軽に自然と触れあえる。


  
  
道の駅はなわを北上し、山本不動尊までやって来た。ふたたび118号線に復帰し南下、今度は湯岐温泉方面をめざす。何が為に、と問われれば、滝を見に。と答える他に言葉を持たない。愚昧なる我が旅路はつづく。
  
 
   
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Trackback(0) Comments(5) by 雨|2008-05-21 14:02

▽コメント▽
Commented by かえる 05/21 22:54

美しいです。
そして見逃すまい4枚目に泳ぐ山女を。

Commented by かたつむり 05/21 23:23

おお、鬼のよう!
滝壺のカタチ・大きさ・深さ
申し分なし!

Commented by 雨 05/22 00:40

 
かえるさん
 
おお、さすがです。川岸からのぞいたらゆらゆらと漂っていました。山本不動尊内の渓流にはニジマスが放流されていて、やはりゆらゆらと漂っていました。釣り人は来るのかな?(ニジマスは禁漁)
夏なんか凄く気持ちいいだろうなあ。

かたつむりさん
 
おお、お気に召しましたでしょうか。タイトで非常に素晴らしい滝だとぼくも思います。
しかしぼくは見てしまったのですよ…この滝をさらに凌ぐであろう名瀑を。近いうちに御紹介できましょう。
 

Commented by ゆたりあん 05/22 09:19

鬼の様に美しい造形。
この美しい自然と神秘の世界では
人間は生かされているんだと
謙虚に受け止めなければならないですね。

Commented by 雨 05/23 00:29

 
そのとおりですよね。
人間が生きていく以上、自然を削っていくのは仕方の無いことですが、
必要の無い破壊をして欲しくは無いと切に願います。
杉林だらけの山やまを見るにつけ、悲しい気持ちになります。日本の山とは、どんなものだったんだろうと。
でもそのおかげで今の日本の繁栄があるわけです。因果なものだ。
そしてぼくはぼくでハイウェイをいい調子でかっ飛ばして、排気ガスを撒き散らし擦り切れたゴムの粉を撒き散らすわけです。
 
自然と向き合うことは、自分の中の矛盾と向き合うことです。そこでは盾は矛に貫かれ、矛は盾にへし折られるでしょう。それでも人は汚濁の中に生き、夜明けや水の音を美しいと思うのです。
 

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