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[どうぶつごろごろ] 記事数:161

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ありがとう

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今日は以前に少しお話ししたことがある
ハスキーのシーちゃんの命日でした。
ちょうど一年です。




母からもうだめかもしれないと言われたときに
過呼吸になって叫びながら泣いたことも、
シーちゃんの冷たい体に触れたときに
これは嘘だと思ったことも、
しばらく空を見ながら出勤したことも、


全部忘れないけど、今私は元気で楽しくやっています。


動物を撮ることもつらくなるかもしれないと思ったけれど、
以前よりもっと動物に愛情を感じています。


本当にありがとう。一緒に過ごせてよかった。
今の私はシーちゃんに作られたんだと思う。


一年目の今日は笑顔の楽しい一日だったよ!



シーちゃんと私



» Tags:シーちゃん, , ハスキー, 命日,

Trackback(0) Comments(3) by マリサ|2009-01-29 22:10

▽コメント▽
Commented by Yamepi 01/30 20:25

悲しさは時が癒すというけれど
決して薄れたり忘れたりするわけではないのよね
最後の1行がシーちゃんにはとても嬉しいメッセージだと思います

Commented by yasumine 01/30 21:08

マリサさん。こんばんは。
お別れはつらいです。
僕の父親も若くして亡くなりましたが、
一日たりとも父のことを
思い出さない日はないのです。
今日もこうして・・・。
だから、姿は見えないけど
心の中ではずっと生き続けるものだと
思っています。
辛いとき、父に相談できたら・・・
嬉しいとき、父に報告したい・・・
と思ったりします。
だから、心の中でそっと
伝えるようにしています。
心の中で、父だったらこう言うだろうとか
父だったら・・・と想像します。
短かった故人の生前の記憶は
一生分の宝に代えられるのです。
そっと、心の中で伝えてあげてください。

Commented by マリサ 01/31 00:38

Yamepiさん
父と母が数日前に偶然シーちゃんとよく似た
ハスキーとすれ違ったそうです。
あまりにもよく似ていて二人して立ち止まったそうです。
偶然でもうれしいんですよね。
残してくれたものが大きいんです。

yasumineさん
身近な死と接することがなく成長した私は、
数年前の祖父の死が死のイメージを大きく変える
出来事だったと思います。
見えなくなるけど、いつもそばにいてくれるという感じです。
人の死は仕事を休めても、犬の死って休めるのかな?
比べられない命ですけど、私は周囲に言えなかったです。
自分の中でじんわり消化してきました。
だからたまにこんな報告もいいんじゃないかな、なんて。
心の中ではもう何万回、
それでも私には足りないかもです。
大切な人の死を想像して恐いと感じることがあります。
でもきっと少しずつ、受け止められる自分になると今は思います。

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