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[鯨エマの海千山千] 記事数:1742

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9.11

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今年も9月11日がやってきました。
あの、おぞましい飛行機事故・・事件から11年。

テレビで、ほとんど生で目撃した、最悪の事態でした。
それまでも
生活の中で、たびたび戦争に触れる機会がありましたが・・・

たとえば、小学低学年の時に起きた
イランイラク戦争。
友達のお父さんがイランに赴任することになり
クラス中で無事に帰国なさることをお祈りしました。
中学の時に「はだしのゲン」をよみ、
高校生の時に湾岸戦争、
友人の彼氏がベースにいて、いつ赴任になるかわからないとかで
闇雲に無事を祈っていました。
高校卒業してすぐに沖縄の戦跡めぐりをし、
さすがにこれくらいの年の時から
世界の戦争が気になりだしました。
気になる・・・といって、何をするわけでもない
でも9.11は、私が初めて現実で見た戦争でした。

何より怖かったのは、飛行機がビルにつっこんだことよりも、
それによって沸き立つ、米国の復讐心でした。

あのときまでは、芝居を見に行くといえば
ブロードウェイでしたが、
9・11以降は一度もアメリカへ行っていません。
限られた時間の中、もっと、いろいろな国を見なければという気持ちが
大きくなったのかもしれません。
そして同時に、戦争のない今の日本にいきながら、
何もできないことへのもどかしさに、
ずっとさいなまれているような気もします。

世界を考えるきっかけになった9.11.
沢山の犠牲者の命日に、
私は、戦争とは何の関係もない会議に出て
稽古に行き、その流れで某劇場で芝居なんか見る予定です。
そういう自分が、なんとなく苦しい、9月11日。

変な日記だね、すんません。

~本日のありがとう~
CDデッキが治って、代役が見つかって、
オペレーションが来てくれて
朗読劇発表の準備が少しずつ進んでいます。
今回も、当事者以上の人間が力を貸してくれています。
どうもありがとう。

Trackback(0) Comments(2) by 鯨エマ|2012-09-10 23:11

▽コメント▽
Commented by yonedaです 09/12 13:39

 9.11、私はちょうどチェコにいました。9月の初めから滞在していたので「早く日本に帰らなければ」と地元の人がしきりに言ってくれました。帰国後、大学後輩の証券マンと酒を飲んでいたら、その人は人事でNYから9月初めに帰国したそうですが、営業所は被害にあったビルにあり、交代の方が犠牲になったそうです。さまざまなことで忘れることができない悲しい事件です。なお、湾岸戦争は海部首相の時、大変忙しかったことを覚えています。

Commented by ema 09/13 09:38

yonedaさま
1日、1時間、1分、1秒の違いで、大きく人生がかわること、ありますね。3.11でも、同じことを感じました。
時間はどんどん経っていきますが、忘れてはいけないことは、こうして毎年その日が来るたびに、思い出しておきたいと思います。
海部首相、いましたっけね、そんな人が。


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